水の電気分解はどこまで分かったか? ―第一原理計算で見えてくる物理―
大谷 実 先生
産業技術総合研究所 計算科学研究部門 基礎解析研究グループ
分野:第一原理計算
概要
水の電気分解は理科の授業で行われる代表的な化学実験の一つである。反応式は 2H2O→2H2+O2 と表され非常に単純である。この反応は電子の授受を伴う酸化還元反応であり、電気化学反応または電極反応と呼ばれる。
水の電気分解は基礎的な電気化学反応であるが、見方を変えると非常に重要な反応である。なぜならば、この反応は将来的なエネルギー源として期待される水素の製造方法の一つであり、また、この逆反応が燃料電池で利用される反応だからである。つまり、近年の環境・エネルギー問題への関心の高まりを背景として、基本的な電気化学反応という側面以外に我々の生活にも重要な反応といえる。
では、我々はこの単純な電気化学反応をどこまで知っているであろうか?酸性またはアルカリ性溶液に電極を浸し電圧をかけると、陰極から水素が発生し、陽極から酸素が発生するが、その詳しいメカニズムは原子・分子のレベルできちんと理解されているとは言い難い状況である。電気化学反応は電子の授受を伴うために、本質的に量子力学的な取り扱いが必要であるが、固体と液体の界面をまるごとそのような扱いをすることは困難であった。しかし、近年のスーパーコンピュータの計算能力の向上や計算手法の発展によって、詳しい反応の様子が徐々に明らかになってきている。反応の素過程を正しく理解することは、反応を促進・抑制している要素を見出し、効率よく電気エネルギーを取り出すことにつながるために、現在、理論と実験の両面で精力的に研究が行われている。
サブゼミでは第一原理計算、分子動力学計算および電気化学反応の基礎的な事柄を説明し、水の電気分解反応もしくはその逆反応が最新の計算機シミュレーションによってどこまで明らかになったかを紹介する。電極反応は物理と化学の境界領域であり、今後より一層の発展が期待される研究分野である。
世話人からのメッセージ
第一原理計算は、今日の実験・理論双方の物性研究にはなくてはならない存在になりました。その一方で難解な略称や多数のパッケージが論文に記載され、専門外の研究者には敷居が高くなってきているかもしれません。そして、そもそも第一原理計算とは何か?ということに触れる機会は少ないかと思います。今後専門を超えて用いられていくであろう第一原理計算に触れていただきたいというのが今回の目的です。
講師としてお招きした大谷実先生は「水の電気分解」という非常に基本的な反応を、第一原理分子動力学を用いて研究されています。その結果は日本物理学会の注目論文にも選ばれ、新たなスケールでの現象の理解への一歩を切り開きました。今回の講義を通して、みなさんの中で第一原理計算ってなんやねん?という部分が少しでも埋まれば幸いです。