第69回 物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
ミクロからマクロへ
マクロから世界へ

集中ゼミ

概要

集中ゼミでは、講師としてお招きした先生方にご自身の研究について教えていただき、各分野の最新のトピックをわかりやすく学べることが特徴です。

事前公開の概要やテキストを参考にして、興味のあるテーマを選んでください。わからないことや気にかかること、遠慮することなく学生側からも積極的に質問をして活発な議論を展開しましょう!

第69回集中ゼミ講師一覧(敬称略)

集中ゼミ1(8/4,3日目午後2 15:30-18:30)
分野 講師 所属 講義タイトル
A 蘆田 祐人 東京大学
大学院理学系研究科
量子測定と相転移・臨界現象
B 望月 維人 早稲田大学 理工学術院 磁気スキルミオンが示す電流駆動ダイナミクスの理論
C 森 初果 東京大学 物性研究所 物性発現のための有機物デザイン
D 林 久美子 東京大学 物性研究所 モータータンパク質の生物医学物理
E 大熊 哲 東京工業大学 理学院 超伝導渦糸系が拓く非平衡物理学
F 遠藤 傑 NTTコンピュータ&データサイエンス研究所 量子エラー抑制とその周辺分野について
集中ゼミ2(8/5,4日目午後2 15:30-18:30)
分野 講師 所属 講義タイトル
A 川口 由紀 名古屋大学
工学研究科
実空間トポロジカル構造の生成と制御
B 磯部 大樹 理化学研究所
創発物性科学研究センター
ディラック模型からはじめる多バンド電子物性理論
C 笠原 裕一 九州大学
理学研究院物理学部門
量子スピン液体におけるエキゾチック準粒子励起とその実験的実証
D 畝山 多加志 名古屋大学
工学研究科
高分子レオロジーの粗視化分子モデル
E 中川 尚子 茨城大学
理工学研究科
グローバルで行こう! -- 非平衡視点の熱力学再検討がもたらす大域熱力学 --
F 吉岡 信行 東京大学
大学院工学系研究科
物性物理のための誤り耐性量子計算

分野についてはこちらを参照してください。

吉岡先生はオンライン講演です。

集中ゼミ1アブストラクト

集中ゼミ1A 量子測定と相転移・臨界現象

蘆田 祐人 先生
東京大学 大学院理学系研究科

量子測定と聞くと「たびたび論争になっていて、なんだか近寄りがたいけど面白いの?」「物性で扱うような大自由度系で、測定の影響が重要になる状況って本当にあるの?」と思われる方が多いかもしれません。本講義ではこれらの疑問に答えるべく、量子測定により引き起こされる豊かな量子多体現象の一端を紹介できればと考えています。量子測定では、マクロな古典系の世界の測定とは異なり、観測を行うことが系の状態に本質的な影響を及ぼします。このような過程は一般に非ユニタリな操作として記述されます。講義では、現代的な量子測定理論を説明した後に、一次元系の相転移・臨界現象を普遍的に記述する理論を扱い、測定によって生じる多体現象―測定誘起相転移・臨界現象―に関する最先端の研究を紹介します。

集中ゼミ1B 磁気スキルミオンが示す電流駆動ダイナミクスの理論

望月 維人 先生
早稲田大学 大学院理工学術院

強磁性磁壁やヘリカル磁性、スキルミオンなどの非共線磁化構造は、スピントロニクス分野の主要な研究対象であり、その外場駆動や集団励起は様々な興味深い物性現象や有用な素子機能の宝庫となっている。特に、これらの磁化構造の電流による駆動・制御は世界中で多くの研究者が取り組んでいる重要なテーマである。電流による磁化駆動の機構には、主に次の三つがある。一つ目はスピン移行トルクで、スピン偏極した電流からスピン角運動量が受け渡されることで磁化が駆動される。二つ目は非断熱トルクで、スピン偏極した電流が持つ角運動量の非断熱的な移行により磁化が駆動される。三つ目はスピン軌道トルクで、磁気ヘテロ接合系においてスピンホール効果由来の面直スピン流が磁化にトルクを与えることで磁化構造が駆動される。電流による磁化駆動ダイナミクスは、これらの効果を考慮した磁化の時間発展方程式であるLandau-Lifshitz-Gilbert-Slonczewski方程式を用いて調べることができる。本集中ゼミでは、LLGS方程式を紹介し、これを用いたスキルミオンの電流駆動ダイナミクスの数値シミュレーションといくつか研究例を議論する。さらに、磁化構造が運動の過程で変形しないと仮定すると、LLGS方程式からThiele方程式と呼ばれる磁化構造の運動方程式が導出できる。このThiele方程式は磁化構造の運動を非常によく記述する。Thiele方程式の導出と、それを用いたスキルミオンや磁壁などの電流駆動ダイナミクスの解析についても議論する。

集中ゼミ1C 物性発現のための有機物デザイン

森 初果 先生
東京大学 物性研究所

有機物質は、分子から構成されており、多彩な分子内および分子間自由度を駆使して、魅力的な物性が引き出されている。この集中ゼミでは、機能性有機物質を対象に、分子自由度を活用した有機物デザイン―構造―物性の相関について議論する。具体的には、

  • 強相関電子系有機物質のデザインと物性
  • 電子―水素カップリング型機能性有機物質のデザインと物性
  • 無水有機超プロトン伝導体のデザインと機能物性

という機能性有機物質群について紹介する。

分子内自由度(分子軌道とエネルギー準位、分子の形状、酸化還元能、酸塩基能、分子運動、プロトン互変異性、キラリティー、重水素化等)や分子間自由度(化学的負圧と加圧、分子配列、二面体角、水素結合ネットワーク等)を活用して有機物質デザインを行い、電子相関パラメータ(分子内及び分子間クーロン斥力、分子間相互作用、バンド幅)、状態密度、次元性、フラストレーション、量子性を制御し、有機超伝導、電荷秩序、量子スピン液体、強誘電性、強磁性、ベーポクロミズム、無水有機超プロトン伝導などを出現させている。また,圧力、電場、磁場などの外場による巨大応答(非線形伝導、有機サイリスタ、電界効果)についても述べる。さらに、この有機物デザイン、物性の機構解明に理論計算がどのように貢献しているかについても言及したい。

集中ゼミ1D モータータンパク質の生物医学物理

林 久美子 先生
東京大学 物性研究所

輸送現象は通常、電流や熱伝導、粒子の拡散などの無生物現象が物理で扱われるが、生体内にも神経細胞軸索輸送という輸送現象がある。神経伝達においては軸索が伸び、シナプスが細胞間を繋いでいるが、構造維持のために細胞体からの物質輸送が重要である。この物質輸送を担うのがモータータンパク質で、その中でもKIF1Aと呼ばれるキネシンは神経終末の機能に必要なシナプス小胞前駆体を輸送する。KIF1AはATP加水分解でエネルギーを得て微小管に沿って動く。遺伝子解析により世界中で100以上のKIF1Aの変異が特定されている。KIF1Aを構成するアミノ酸1つ(ミクロ)に変異が生じるだけでニューロパチー・痙性対麻痺・知的障害・小脳失調・視神経萎縮を含む多系統の神経系の異常(マクロ)を引き起こす。米国ではKIF1A Foundationという患者サポート団体が設立され、KIF1A-Associated Neurological Disorder(KAND)という疾患概念が提唱されつつある。非平衡ゆらぎの理論や極値統計学を用いてこれらのメカニズム(ミクロからマクロ)を解明し、物理学の知見が疾患解明にどう貢献できるか探求したい。なお、講義前半では、誰でも分かるような噛み砕いた非平衡統計力学入門と、理論から実験へ分野転向した講師のキャリアに関する談話を話したい。本講義が初心者向けの学際研究入門になればと思う。

集中ゼミ1E 超伝導渦糸系が拓く非平衡物理学

大熊 哲 先生
東京工業大学 理学院

ランダムポテンシャル中で, 秩序配置をもつ多粒子系や弾性固体が外力によりどのように変形し, 駆動され, 乱れたフローへと変化して行くかという問題は, 自然界で広く見られる塑性変形や塑性フローを理解する上での学理となる。逆に無秩序な多粒子系が外力によりどのようにピンから逃れ, 駆動され, 秩序配置へと自己組織化して行くかという問題は, 秩序が如何に作られて行くかという基本的問いに繋がる。このような運動によって起こる無秩序化や秩序化は, 非平衡相転移の観点から近年注目され, 一見無関係に見える非平衡現象が, ある特定の非平衡相転移で支配されている可能性が理論的に議論されている。一方, 実験は制御できるパラメタと測定法が限られるため現象の包括的な理解は進んでいない。

超伝導渦糸は均質な2次元多粒子系とみなせ, 磁場で粒子密度を広範囲に変えられ, 電流により制御した駆動力を印加し,電圧により速度を高精度に検出できるといった非平衡現象を調べるのに適した多くの特徴を備えている。本講義では我々が見出した可逆不可逆転移, ディピニング転移, 目詰まり転移, そして塑性フローの動的秩序化転移とそこに現れるKibble-Zurek機構といった非平衡相転移を例にとり, 渦糸系が非平衡物理研究のための優れた実験の舞台となることを, フロー構造を検出するために開発した新たな実験手法と共に紹介する。

集中ゼミ1F 量子エラー抑制とその周辺分野について

遠藤 傑 先生
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所

現在および近未来の小-中規模の量子コンピュータは環境との相互作用の影響による計算ノイズの影響が無視できない。計算ノイズの影響を削減するために、複数の量子ビットで論理ビットを符号化し、冗長性を用いてエラーを検出/訂正する量子エラー訂正が歴史的に長く研究されてきた。しかしながら、量子エラー訂正を量子ビット数が十分でない現状の量子デバイスで実行するのは非常に負荷が大きい。一方、比較的最近提案された量子エラー抑制は、量子デバイスに対しての負荷を最小限に抑えながら正確な計算結果を引き出すための手法の一群を指し、量子エラー訂正が難しい現在の量子デバイスを用いて有用な計算を行うためには必須の手法となる。また、量子エラー抑制は計算ノイズを抑えるという実用的な目的のみならず、非マルコフ物理や量子推定理論などの関係が指摘されるなど、量子情報理論的な進展も著しい。また、量子状態と古典のテンソルネットワークを組み合わせたハイブリッドテンソルネットワークという手法も、量子エラー抑制と関係が深い手法として知られている。この手法は量子ビット数が限られた現在の量子デバイスを用いて大規模な量子系のシミュレーションを行うために有用であり、非常に注目されている。本講演では量子エラー抑制の基礎の解説およびハイブリッドテンソルネットワークなどの周辺分野の解説を行う。

集中ゼミ2アブストラクト

集中ゼミ2A 実空間トポロジカル構造の生成と制御

川口 由紀 先生
名古屋大学 工学研究科

近年、トポロジカル絶縁体や超伝導など、トポロジーを用いた物性研究が成功を収めています。これらの系では波数空間における量子状態のトポロジーを議論しますが、数学的な観点からは舞台となる空間を実空間にとることも可能です。実際に、実空間のトポロジカル構造は古くから研究されており、磁場の湧き出しとなる磁気単極子をはじめとして、超伝導体中で量子化した磁束や超流動体中における量子渦、近年様々な磁性物質で観測されている磁気スキルミオン、などが例として挙げられます。本集中ゼミではこのような実空間におけるトポロジカル構造について、数学的な分類を直感的に説明し、冷却原子気体を用いた実験での生成・制御の例を紹介します。ここで、可能となるトポロジカル構造は「場」の自由度により決まり、系が内部自由度を持つことで量子化の単位が1/2や1/3といった分数にもなり得ます。一方で、内部自由度が同じであれば全く別の系でも共通したトポロジカル構造が可能で、例えばスピン自由度を持ったボース原子のボース・アインシュタイン凝縮体でもスキルミオンが出現します。さらに、このような内部自由度の空間構造は電子や原子に実効的なゲージ場として寄与し、実際の電磁場では実現できないような強電磁場や局所電磁場を生み出すことができます。ゼミの後半では、このような創発電磁場が生成される起源について説明し、最近実験で観測された局所的な創発磁場による渦生成について紹介します。


集中ゼミ2B ディラック模型からはじめる多バンド電子物性理論

磯部 大樹 先生
理化学研究所 創発物性科学研究センター

ディラック方程式は、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式の相対論的拡張として得られる。その帰結として、線形のエネルギー分散関係や電子のスピン、非自明な多バンド構造が自然に現れる。グラフェンをはじめ物性物理においても有効的にディラック模型が現れる物質が数多く存在する。この集中ゼミでは、最も単純な模型のひとつであるディラック模型から生じる、多彩な物性現象の一部を紹介し今後の研究の端緒となることを目指す。

まずはエネルギー分散関係に着目し、モアレグラフェンにおける電子相関効果を考える。グラフェンは、軽い炭素原子から構成され、大きなフェルミ速度を持ち、電子密度も小さいため、そのままでは電子相関効果は大きくない。しかしグラフェン2層をわずかに回転させて重ねると、エネルギーバンドはほぼ平坦になり、電子相関効果により超伝導状態や絶縁体状態への転移が生じる。グラフェンから平坦なバンドが生じる機構を直観的に理解するところからはじめて、バンド分散に着目して電子相関効果を取り扱う方法を紹介する。

続いて、ディラック模型の非自明なバンド構造について考える。ここで非自明というのは、複数のエネルギーバンドがバンドギャップにより隔てられているのにも関わらず、波動関数の観点では互いに関連していることを指す。この効果は波動関数のトポロジーとして理解される。トポロジカルな効果に起因する非線形応答や非エルミート効果について時間の許す限り紹介する。

集中ゼミ2C 量子スピン液体におけるエキゾチック準粒子励起と
その実験的実証

笠原 裕一 先生
九州大学 理学研究院 物理学部門

絶縁体スピン系において、量子揺らぎとフラストレーションの効果によりスピンが絶対零度まで秩序化(凍結)しない量子スピン液体は、当初は高温超伝導との関連から注目を集め、その解明は強相関電子系における長年の中心課題のひとつである。なぜなら、量子スピン液体においてはトポロジカル秩序や電子スピンの分数化に伴う準粒子励起(分数励起)といった、現代物理学の根幹をなす興味深い現象が現れることが明らかとなってきたからである。本講義では、キタエフ模型と呼ばれる量子多体模型に着目し、特にその実験的研究に焦点を当て解説する。キタエフ模型においては厳密解が得られ、基底状態として量子スピン液体状態(キタエフ量子スピン液体)が実現する。そして、励起状態においてはマヨラナ粒子、Z2渦(バイゾン)、非可換エニオンなどのエキゾチックな準粒子が創発される。マヨラナ粒子に由来する非可換エニオンはトポロジカル量子計算の基本粒子として着目されてきたが未だに解明されておらず、その実験的実証が急務となっている。そのようななかキタエフ量子スピン液体候補物質である磁性絶縁体α-RuCl3において、熱輸送や比熱の測定から熱ホール効果の量子化現象やマヨラナ粒子の示すバルク・エッジ対応といった、上記のエキゾチック準粒子を裏付ける結果が得られている。そこで我々の実験を中心に、最近の研究とその現状について紹介する。

集中ゼミ2D 高分子レオロジーの粗視化分子モデル

畝山 多加志 先生
名古屋大学 工学研究科

身の回りで広く用いられているプラスチックやゴムは高分子からなる材料であり、金属やセラミックとは異なる力学・流動特性を示す。多くのプラスチック材料は融点が比較的低く摂氏 200 度程度の温度で溶融し成形することができるが、溶融状態のプラスチック材料の挙動は単純ではない。形を変えようと力をかけても短時間で力を解放すれば弾性体のように形が復元してしまう。しかし、長時間に渡って力をかけ続ければ流体のように流れる。このような複雑な流動挙動を調べる学問がレオロジーである。高分子材料の流動挙動は究極的にはその構造や分子運動に帰着できる。高分子はモノマーと呼ばれる基本構造が 1 次元的につながった巨大なひも状分子であり、それがどのような形態を取りどう動くかが重要となる。物理的・普遍的な視点から高分子のレオロジーを扱うには、モノマーの化学構造のような細かいスケールを直接考えるのではなく、より大きなスケールで物性を支配している要素に注目して考える必要がある。これは小さなスケールの自由度を消去して大きなスケールの自由度のみを残した有効記述への移行に相当し、粗視化と呼ばれる。高分子の持つ特徴的な構造とスケール、そして各スケールに応じた各種粗視化モデルを紹介し、それらのモデルがどのような流動挙動を予測するのかを説明する。また、最近の高分子の粗視化モデルの発展や粗視化モデルを用いたシミュレーション例等について紹介する。

集中ゼミ2E グローバルで行こう! -- 非平衡視点の熱力学再検討
がもたらす大域熱力学 --

中川 尚子 先生
茨城大学 理工学研究科

非平衡現象の豊かな時空間構造は、現象論的偏微分方程式(流体方程式など)を用いて説明するのが通常であろう。その記述の基盤は局所平衡仮説、つまり流体セルという微小なマクロ系が平衡熱力学に則ること、である。ここで、平衡熱力学は系の示量性(一様性)を要請することに注意したい。温度勾配がない世界は実現できるわけがなく、また、たかだか重力があるだけでも示量性は崩れてしまう。平衡熱力学は地上実験の積み重ねで作り出されたのではなかったか?このような批判的検討を進めつつ、弱熱伝導を記述する熱力学を作る。

この非平衡熱力学を「大域熱力学(Global Thermodynamics)」と呼ぶ。最も重要な仮説は、温度非一様な熱伝導状態に、全体を特徴付ける唯一の大域温度があるとし、それを定義することである。その上で、気体や液体で平衡熱力学がよい近似であることを示し、問題を二相共存の熱力学に絞る。局所平衡に則る既存理論では、界面での二相釣り合いが定常状態を決定する。

一方、大域熱力学では系全体の大域的釣り合いを要請し、全系エントロピーの最大状態を定常状態とする。すると、相界面付近の広い領域で準安定状態が安定化される予想を得る。

両者の結果が異なることが重要で、非平衡現象の解析に安易に局所熱力学を用いることに警鐘を鳴らし、シンプルで新しい記述体系としての大域熱力学の存在を示唆する。

数値実験で予想が支持される例も得られ、その可能性はますます高まっている。

集中ゼミ2F 物性物理のための誤り耐性量子計算

吉岡 信行 先生
東京大学 大学院工学系研究科

近年の量子技術の発展により、数十から数百量子ビットを備えた量子デバイスが登場しており、誤り検出・誤り訂正の実験的実証がますます進んでいる。本集中ゼミでは、誤り耐性量子アルゴリズムの中で突出して重要度の高い、量子特異値変換アルゴリズムについて概観し、その応用について議論する。はじめに量子特異値変換アルゴリズムの基礎的事項として、ブロック埋め込み・信号処理・量子ビット化について説明する。その後、三者の概念を統合する形で、量子特異値変換アルゴリズムを理解できることを示す。最後に、応用例として量子多体問題における時間発展(ハミルトニアンダイナミクス)をはじめとした、物性物理へ量子特異値変換を応用した際の実装コストの推定などを議論する。誤り耐性量子計算アルゴリズムの研究は、これまでクエリや時空間計算量に関する議論が主流であったが、今後は実際に応用することを念頭においた研究が必要になると考えられ、未開拓領域がたくさん残っている。

本集中ゼミをきっかけに、量子計算の研究の種が生まれれば幸いである。