第70回 物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School

全体プログラム

70th
7月29日(火)
7月30日(水)
7月31日(木)
8月1日(金)
8月2日(土)
午前
チェックアウト
午後1
チェックイン・開校式
午後2
閉校式

各日夕食後に懇談会を予定。7/31 (木)夕食後に談話会を予定。


協賛広告


講義

物性若手夏の学校のメインイベントであり、第1回から連綿と続く企画です。

それぞれの専門分野において研究・教育の第一線で活躍されている先生方を講師に迎え、 2.5時間×3日の長時間をかけて、基礎的な事項からやや発展的な内容をお話しいただきます。

専門分野に近い講義を受ける、未知の分野に挑戦してみる、 複数人で役割分担しノートをシェアし合うなど自由な方法でお聞きください。

第70回講義招待講師一覧(敬称略)

分野 講師 所属 講義タイトル
A中島 秀太大阪大学
量子情報・量子生命研究センター
中性原子量子コンピュータの基礎‐量子エレクトロニクス概論‐
B古崎 昭理化学研究所
トポロジカル絶縁体・超伝導体の分類理論
C大原 繁男名古屋工業大学
物理工学科
結晶の対称性と物性
D畠山 哲央東京科学大学
地球生命研究所
理論生物物理学入門
E中川 大也東京大学大学院
理学系研究科
開放量子系の非平衡物性物理
F田島 裕康九州大学
大学院システム情報科学研究院
非対称性のリソース理論の最近の発展:基礎と応用

集中ゼミ

集中ゼミでは、講師としてお招きした先生方にご自身の研究について教えていただき、 各分野の最新のトピックをわかりやすく学べることが特徴です。

事前公開の概要やテキストを参考にして、興味のあるテーマを選んでください。 わからないことや気にかかること、遠慮することなく学生側からも積極的に質問をして 活発な議論を展開しましょう!

第70回集中ゼミ招待講師一覧(敬称略)

集中ゼミ1(7/30午後1)
分野 講師 所属 講義タイトル
A笠 真生プリンストン大学
量子多体系におけるエンタングルメント (オンライン講義)
B松井 千尋東京大学大学院
数理科学研究科
量子系の対称性と非熱化現象
C松永 悟明北海道大学大学院
理学研究院
低次元導体の電子物性
D足立 景亮理化学研究所 兼任 生命機能科学研究センター
タンパク質相分離の凝縮系物理
ETan Van Vu京都大学
基礎物理学研究所
最適輸送理論を用いた非平衡物理の探究
F中田 芳史京都大学
基礎物理学研究所
量子カオスと量子情報 -複雑な時間発展と情報復元の非自明な関係-
集中ゼミ2(7/31午後1)
分野 講師 所属 講義タイトル
A永井 佑紀東京大学
情報基盤センター 学際情報科学研究部門 兼担 新領域創成科学研究科
機械学習と物性物理学:AIは何ができて何ができないのか
B古谷 峻介埼玉医科大学
医学部教養教育
量子臨界点から眺める量子スピン鎖のトポロジー
C好田 誠東北大学
工学研究科
半導体の永久スピン旋回状態とその応用
D谷 茉莉京都大学
大学院理学研究科
ひもやシートが作り出すかたちと力学
E曽根 和樹筑波大学
数理物質系
トポロジカルアクティブマター:生物と固体物理の協奏
F竹森 那由多大阪大学
大学院理学研究科
量子情報科学と物性物理

分科会

分科会は、おおむね分野ごとに分かれて希望者による口頭発表(発表10分+質疑応答5分)を行う企画です。 口頭発表では、短い持ち時間の中で、研究成果の要点を簡潔に分かりやすく話すことが重要になります。 また、アブストラクトでは、限られた紙面に発表内容を過不足なくまとめることが必要です。 学会や研究会の口頭発表と同じ形式ですので、 物理学会などへ向けた発表練習の場として大いに活用してください!

企画概要 分野ごとに分かれての口頭発表(発表10分+質疑応答5分)
対象者 発表は希望者のみ。聴講は全員可能。
事前提出物 発表内容を簡潔にまとめたアブストラクト
当日準備物 発表スライド

発表者にとって

分科会の特徴としては、以下のような点が挙げられます:

このように、学会などと比較すると、発表者として積極的に参加しやすい企画となっています。

まだ発表経験の少ない人にとっては、分科会での発表は貴重な経験となることでしょう。今後の自信や発表技術の向上につながるはずです。まだ研究テーマが決まっていないという人も、関心を持った論文のレビューなどでも構いませんので、ぜひ積極的に発表してみてください!

また、分科会はグループセミナーよりも多くの人に発表を聴いてもらえる機会でもあります。発表経験が豊富な人でも、自分の研究内容を広くアピールする場としてぜひ活用してください!

聴き手にとって

分科会での分野分けは、学会のそれと比べて非常に大まかなものとなっています(たとえば、日本物理学会での発表は100を越える分野に分けられていますが、夏学は6分野程度です)。そのため、自分の研究に関わりはあるものの普段は聴くことのないような研究テーマに出会うことができるはずです。未知のテーマに触れることで、いつもと違う側面からの刺激が得られるのではないかと思います。

上手な人の発表をたくさん聴いて、発表技術を盗んで自分の発表に活かすこともできるでしょう。また、同年代の発表者ばかりですので、気になったところはぜひ積極的に質問していきましょう。せっかくの機会ですので、どんどん研鑽を積んでいきましょう!


グループセミナー

グループセミナー (GS) とは、5人程度の学生が集まって1グループを作り、 セミナー形式で自分の研究内容を発表し合う企画です。グループ編成の際のコンセプトは「分野横断」。 専門的な話が聞ける分科会とは対照的に、 普段なじみのない異分野の研究の基礎的な話(導入的な話)を聴けるという点が特徴です。 また、話し手としては、異分野の人にでも分かるように自分の研究を説明することがポイントになります。

GSは、物性物理という広大な学問のなかの多様な分野から学生が集まる 物性若手夏の学校だからこそできる企画と言えるでしょう。 普段接する機会の少ない他大学・他分野の学生と議論することで、 参加者皆さんの世界が広がっていくことを期待しています。

企画概要 少人数のグループ内での研究紹介
対象者 基本的に全員
事前提出物 なし
当日準備物 発表レジュメ・スライドなど必要と思うもの

発表について

発表は、基本的に自分自身の研究についてです。 基本的に専門分野の異なるメンバーでグループを組むので、導入的な部分を重視した内容でお願いします。 まだ専門分野が決まっていない場合は、現在興味を持って勉強していることや、論文の紹介などでも構いません。 自分では「こんなこと誰でも知っているよ」と思うことであっても、 専門外の人にとっては新たな発見があったりするものです。 専門的か一般的かと言うことにはこだわらず、気軽に参加してください。

1人あたりの所用時間は、発表とその後の議論の時間を合わせて30分程度になります。 GSの最大の特徴は参加者同士の心理的な距離が近いということであり、 それが質問のしやすさにつながっています。 積極的な質問・議論を通して、専門外の物理の知識を深めましょう!

準備について

発表と議論の時間を合わせて1人約30分程度であるため、 この時間を目安に作成してください。 「私は議論の時間を長めに設けたいから10分程度の資料を作ろう」というように、 資料の分量は自由に設定していただいて構いません。簡単なスライドなどの準備を推奨します。

参加について

GSへの参加は強制ではありませんが、例年参加者のほぼ全員が参加しています。 交友関係を拡げるチャンスですので、是非参加してみてください。 参加登録時に皆さんの専門分野に関するキーワードを挙げてください。 それをもとに準備局でグループ分けを行います。


ポスターセッション

ポスターセッション (PS) は,発表希望者が研究内容をまとめたポスターを用意し、 それを見に来た人に向けて説明をする企画です。 聴き手が少人数であり、また時間の決まった発表ではないため、 発表者と聴き手とが随時コミュニケーションできることが特徴です。

例年発表者の人数は100人程度です。ふるってご参加ください!

企画概要 希望者がポスターを用いての発表を行う。聴き手はポスターを自由に回る。
対象者 発表は希望者のみ。聴講は全員参加。
事前提出物 発表内容を簡潔にまとめたアブストラクト
当日準備物 発表ポスター

発表者にとって

PSは、内容に興味を持って聴きに来てくれた少数の人に向けて発表する企画であるため、 話し手にとっては発表しやすいと言われています。 グループセミナーよりも内容の深い発表、分科会よりも密度の濃い議論ができるはずです。 夏学のPSは、聴き手のほとんどが同年代の学生ですので、より発表しやすい環境になります。 他の研究会での発表を想定した練習の場としても、この機会をぜひ活用してみてください!

聴き手にとって

一方で聴き手にとっては、他の企画よりも少し勇気のいる企画かもしれません。 ポスターの近くまでは行ってみたけれど、発表者にほとんど話しかけられず、 気まずい空気のまま時間が流れ……という経験をした方も少なくないと思います。 分からないことがあれば、 いつでも「よく分からないのですが、ここを説明してもらえませんか?」と尋ねてみましょう。 専門的な知識のなさから消極的になる必要はありません。 その一言が物性物理という広い世界の新たな扉を開くきっかけになるかもしれないのですから。 ぜひいろいろと積極的に質問してみてください!

PSを通じて有意義な議論が展開され,また多くの交流が生まれることを願っています。


企業講演

準備中


講義アブストラクト

講義A 中性原子量子コンピュータの基礎‐量子エレクトロニクス概論‐

中島 秀太 先生
大阪大学

近年、冷却原子の光ピンセット列が、量子コンピュータを実現するプラットフォームとして注目を集めている。この中性原子量子コンピュータは、分光学やNMRを源流にもつ量子エレクトロニクス技術のある意味で集大成であり、中性原子量子コンピュータを理解するためには、量子エレクトロニクスの物理の理解が必須である。本講義では、中性原子量子コンピュータの理解を目標に、その基礎となる量子エレクトロニクス(≒量子情報技術)の入門的講義を行う。
講義の前半は、磁気共鳴から始めて、原子の構造、2準位系とブロッホ球、電磁場の量子化(光子)、光子と原子の相互作用(Jaynes-Cummings模型)、原子の自然放出など「2準位原子のコヒーレント操作(≒1量子ビットゲート)」の基礎を扱う。2準位系のコヒーレント操作は量子エレクトロニクスの基礎であり、超伝導量子ビットなど他の量子コンピュータプラットフォームを理解するうえでも重要となる。
1量子ビットゲート操作の物理が、多くの量子コンピュータプラットフォーム(超伝導、イオントラップ、中性原子etc.)で共通である一方、2量子ビットゲートの実装方法は対象とする物理系で大きく変わってくる。講義の後半は、中性原子量子コンピュータにおける2量子ビットゲート実装の物理(リュードベリ状態の制御)を概説すると共に、中性原子量子コンピュータの構造や機能、強みなどを紹介したい。

講義B トポロジカル絶縁体・超伝導体の分類理論

古崎 昭 先生
理化学研究所

トポロジカル絶縁体は、内部はバンド絶縁体だが表面(端)は金属的な絶縁体である。トポロジカル超伝導体は、超伝導ギャップがフェルミ面上で常に開いているにもかかわらず、表面や磁束中にギャップレスの準粒子が存在する超伝導体である。このような特徴をもつトポロジカル物質にはいろいろな種類があり、整数量子ホール効果や超流動ヘリウム3なども広い意味ではトポロジカル絶縁体・超伝導体の一種である。本講義では、相互作用を無視した自由フェルミ粒子系に対して、一般的な対称性(時間反転・粒子正孔・カイラル)のもとでハミルトニアンを10種類の対称性クラスに分け、それぞれの対称性クラスで可能なトポロジカル相の分類を考える。典型的なトポロジカル絶縁体の例としてSSH模型を取り上げ、トポロジカル指数や端状態の存在を確認し、トポロジカル相転移の有効理論としてディラック・ハミルトニアンを導く。次に、いろいろな対称性クラスに対して、ディラック・ハミルトニアンの質量項として可能なガンマ行列の集合を考えることによって、各空間次元で10種類の対称性クラスのうち5種類のクラスが(整数あるいは2値のトポロジカル指数の)トポロジカル相をもつことを導く。

講義C 結晶の対称性と物性

大原 繁男 先生
名古屋工業大学

結晶の対称性と物性テンソルについて解説する.空間と操作,結晶と対称性,から始めて,ブラベー格子型,結晶点群型,空間群型について理解を深める.空間群の分類と格子系と晶系が正しく理解できているか,結晶点群型を自分で構築できるかなどを確かめる.そのうえで,結晶点群型と物性テンソルを結びつけて,対称性からテンソル成分の有無を判別できるようになることを目指す.こちらも誘電率や帯磁率,圧電定数とは何か,物性テンソルとはどのようなものかから解説する.
 古典的結晶学の講義なので,最新研究でもなく,質の高い教科書もいくつもある.しかし,典型的な固体物理学の教科書にはこの部分の解説は少なく,誤りも散見される.学ぶ価値はあるだろう.結晶が研究対象でない場合も,結晶を知ることで自身の研究対象の理解を深められるだろう.また,対称性は分野を選ばない知識である.
 現在,私は希土類金属間化合物のカイラル結晶を合成して,その対称性に起因する物性測定を行っている.はじめてカイラル結晶に遭遇した際の知識不足の反省からこのような講義を計画した.つまりは私も最近になって学び直した事柄であり,講義することはおこがましいとも言える,しかし,身につけておくべき固体物理学の基本なので,結晶の対称性と物性について学んでみてほしい.

講義D 理論生物物理学入門

畠山 哲央 先生
東京科学大学

講義E 開放量子系の非平衡物性物理

中川 大也 先生
東京大学大学院

外部環境と相互作用し粒子やエネルギーをやり取りする量子系を開放量子系という。現実の量子系は常に何らかの環境と相互作用していることが普通なので、開放量子系の物理はいたる所で重要となる。さらに、近年の冷却原子系などの人工量子系の実験技術の進展によって量子多体系における環境との相互作用の制御が実現され、開放量子系の研究は物性物理とクロスオーバーしながら新たな展開を見せている。本講義では、そのような開放量子系を記述する基本的な枠組みと、それにより記述される非平衡現象を解説する。ハミルトニアンによってユニタリ時間発展する孤立量子系とは異なり、開放量子系の時間発展は非ユニタリとなる。そのため、開放量子系ではエルミート演算子であるハミルトニアンの代わりに非エルミートな演算子が中心的な役割を果たす。本講義では特に、そのような非エルミートな演算子に基づく物性理論という観点を強調したい。構成としては、全体を三つのパートに分ける。一日目は「開放量子系の基礎」として、量子マスター方程式の導出やその性質を説明する。二日目は「強相関多体系」に焦点を当て、散逸下のHubbard模型を例として、散逸によって誘起される磁性や強相関状態をみる。三日目のテーマは「トポロジー」である。孤立系のユニタリ時間発展演算子のトポロジーから始めて、開放量子系のダイナミクスをトポロジーを用いて特徴づける最近の試みについて紹介する。

講義F 非対称性のリソース理論の最近の発展:基礎と応用

田島 裕康 先生
九州大学

対称性とその破れは現代物理における基本概念のひとつである。近年、対称性の破れを量子的な資源としてとらえ、統一的に扱う非対称性のリソース理論が大きく発展を遂げつつある。このような取り扱いのメリットは、量子もつれにおけるエンタングルメントエントロピーのような「標準的指標となる量」を、対称性の破れに対して同定できることにある。エンタングルメントエントロピーが多くの優れた研究の基盤となったように、対称性の破れの標準指標は対称性が関わる多くの分野で利用できる基盤となると期待できる。非対称性のリソース理論が持つこの強力なポテンシャルは、現在発揮され始めたばかりである。これまで操作論的基準で与えられた標準的な指標は、U(1)群とZ2群、すなわち連続対称性と離散対称性の最も簡単な場合に限定されていたが、それでも測定、計算、誤り訂正、量子熱力学、ブラックホール物理など、かなり広い範囲の物理に統一的に適用できる制限が得られている。より広い群に対しての拡張はMarvian-Sppekens conjectureに代表されるように10年来の未解決問題となっていたが、最近、幾つかの手法的なブレイクスルーにより解決され、連続群では任意のコンパクトリー群、離散群では任意の有限群までの群で表される対称性に関して、対称性の破れの標準的指標が与えられた。このため、今後非対称性のリソース理論が持つポテンシャルが、これらの多様な群で記述される対称性が支配する現象に及ぶことが期待される。このようにこの理論は現在発展期にあり、他分野への応用が強力に始まろうとしている時期にある。そこで本夏学講演では、この分野に興味を持ち、新規参入しようとする方の助けとなるよう、この「対称性の破れのリソース理論」の基礎を概観し、現在までにどのような応用が与えられたかについて、合わせて紹介する。

集中ゼミアブストラクト

講義A 量子多体系におけるエンタングルメント (オンライン講義)

笠 真生 先生
プリンストン大学

量子エンタングルメント、特にエンタングルメント・エントロピーのスケーリングは、量子多体系の普遍的性質を検出する有力なプローブとして広く用いられている。 例として、ギャップを持つ量子系の基底状態における面積則、臨界点における中心電荷の抽出、さらにはトポロジカル秩序相におけるトポロジカル・エンタングルメント・エントロピーなどが挙げられる。
本稿ではまず、エンタングルメント・エントロピーとそれに関連した基本的な概念について整理する。 続いて、エンタングルメントのスケーリング則が物質相の分類において果たす役割、特にトポロジカル秩序の検出における応用について紹介する。さらに、近年注目されている混合状態や多者間エンタングルメント(multipartite entanglement)に関する議論にも触れる。具体的には、リフレクテッド・エントロピーやマルチ・エントロピーといった新しい量を用いて、トポロジカル秩序の普遍的情報を抽出する方法や、その下限としてこれらの量が働くことを解説する。これらの量は、二者間のエンタングルメントでは捉えきれない相の違いを区別する上で有効であることが、近年の理論的・数値的研究から明らかになりつつある。

講義B 量子系の対称性と非熱化現象

松井 千尋 先生
東京大学大学院

皆さんが物理学を学ぼうと思ったきっかけは何でしたか?私の場合は,「世界の成り立ちを自分なりに理解したい!」と思ったことが強い動機になっています.皆さんが学んでいる物性物理学が記述する対象は,(願わくは)宇宙全体を記述する素粒子理論と比べると,壮大さに欠け,身の回りに溢れていて,一見するとその基礎原理はすでによく知られているように思うかもしれません.しかしながら,身近な現象にもまだまだ解明されていない謎が多く残されています.その一つが,「熱平衡化現象」です.
熱平衡化現象は,「放っておいたコーヒーが冷めてしまって二度と温かい元の状態に戻らない」などの例に代表される,マクロな世界にありふれた現象です.ポイントは「元に戻らない」というところで,実際,日常生活で起こる多くの現象は不可逆過程であることを私たちは経験的によく知っています.
一方,原子や分子スケールのミクロな世界を記述する「シュレーディンガー方程式」は,多くの場合に時間反転対称です.原子や分子一つひとつは時間反転対称な方程式にしたがうのに,それがたくさん集まったマクロな世界では時間を巻き戻すことができないのはなぜでしょうか?
一般的に,「多体系」とよばれる多粒子からなる量子系の時間発展を解析的に調べることはとても困難です.しかしながら、特定の数理構造をもつ一部の量子多体系は解けることが知られています.こうした量子多体系は「可解模型」とよばれています.ここでは,この可解模型を使ってミクロの世界とマクロの世界を隔てるものの正体に迫ってみたいと思います.

講義C 低次元導体の電子物性

松永 悟明 先生
北海道大学大学院

講義D タンパク質相分離の凝縮系物理

足立 景亮 先生
理化学研究所 兼任 生命機能科学研究センター

有機化合物の液晶化や金属の超伝導転移など、多数の要素が相互作用することで生み出される協同現象は、多くの研究者を魅了し続けている。一方、細胞あるいは細胞内の生体分子といった生命現象に関係する要素の多体系においても、様々な協同現象が観測され、その物理的性質の研究が進められている。特に、線虫の初期胚においてタンパク質が液液相分離を起こしていることが発見され、細胞内で生体分子を局在させる普遍的機構として相分離が注目されるようになってきた。タンパク質はアミノ酸残基の一次元配列で構成されるが、遺伝子強制発現や精製タンパク質を利用した実験からは、相挙動を決定づけるアミノ酸配列の一般規則(分子文法と呼ばれる)が存在するのではないかという仮説が立てられている。凝縮系物理の立場からは、分子文法を明らかにするという問題は、アミノ酸残基同士の相互作用に基づいてタンパク質の相挙動を説明するという統計力学の問題に他ならない。本講演では、生物と物理の境界領域で発展するタンパク質相分離の研究を概観し、分子文法の解明に向けた数値的・理論的研究を紹介する。

講義E 最適輸送理論を用いた非平衡物理の探究

Tan Van Vu 先生
京都大学

最適輸送理論は, 総コストが最小となる確率分布の輸送方法を記述する数学的枠組みとして発展してきたが, 近年では, 非平衡物理における基本的な制約や限界を明らかにする強力な理論としても注目を集めている.本集中ゼミでは,「ゆらぎ熱力学」と「粒子輸送」という二つの文脈に焦点を当て, 最適輸送理論がこれらの問題にどのように応用されるかを解説する.まず, 古典および量子の Markov 過程において, 最適輸送理論が散逸の最小化, 熱力学的速度限界, 情報消去の熱力学的コストといった根本的な問題に対して, どのように解決の指針を与えるかを示す.続いて, 最適輸送理論を長距離相互作用をもつ量子ボソン系に適用することで, 巨視的粒子輸送における最適な光円錐を導出できること, さらにこの枠組みによって粒子輸送の限界を完全に解決できることを明らかにする.これらの成果は, 最適輸送理論が古典・量子, 離散・連続といった多様な非平衡系に対して, そのダイナミクスに潜んでいる基本的限界を統一的に記述するための新たな数理的基盤を提供することを強く示唆している.

講義F 量子カオスと量子情報 -複雑な時間発展と情報復元の非自明な関係-

中田 芳史 先生
京都大学

量子情報の理論が理論物理に応用されるようになって久しい。特に、スクランブリング1や非時間順序積相関といった概念は、量子多体系における複雑なユニタリ時間発展と量子情報の関連性を探る中で、過去十年間に急速な発展を遂げた。この潮流のきっかけとなったのが、Hayden-Preskill模型である。Hayden-Preskill の模型は元々は量子重力の文脈で提唱されたものだが、その本質は「予測不可能にも見える複雑なユニタリ時間発展をする量子多体系では、量子情報がどう振舞うのか」という問いにある。熱・統計力学の観点からは、閉じた量子系の熱緩和現象の相補的な問題と捉えることも可能である。本講義では、このような立場から Hayden-Preskill 模型を世界一やさしく解説し、参加者を複雑なユニタリ時間発展が切り開く量子多体系の非自明な世界へと誘いたい。

講義A 機械学習と物性物理学:AIは何ができて何ができないのか

永井 佑紀 先生
東京大学

本集中講義では、近年急速に広がりつつある機械学習の考え方と、その物性物理学への応用について解説します。機械学習に触れたことのない学生を主な対象とし、基本的な仕組みから出発して、関数近似や確率分布の学習といった枠組みを物理の視点から整理します。
講義では、教師あり学習や強化学習といった手法が、エネルギー予測や量子多体問題の扱いにどのように使われているのかを具体例を交えて紹介し、あわせて自己学習モンテカルロ法など近年の話題にも触れます。また、対称性やエネルギーの示量性といった物理の基本原理を満たすモデル設計の重要性についても議論します。
機械学習は強力なツールですが、すべてを解決できるわけではありません。本講義では、AIの得意なこと・不得意なことを整理し、物理学的知見と組み合わせて活用するための視点を学ぶことを目的とします。

講義B 量子臨界点から眺める量子スピン鎖のトポロジー

古谷 峻介 先生
埼玉医科大学

量子スピン鎖は朝永・Luttinger液体をはじめとする様々な量子臨界状態を実現することができる。この記事では量子スピン鎖のトポロジカルな側面について,量子臨界点という観点からできるだけ平易にまとめた。本稿で扱う内容はLieb-Schultz-Mattis定理とHaldane``予想'',そして量子臨界点の対称性による保護である。1次元量子多体系の基本的な事実や考え方から始めて,これら量子スピン鎖のトポロジカルな現象を概観する。本集中ゼミの前半は古風な内容になっているが,最近の学生にとってはむしろ聞く機会があまりない内容になっているかもしれない。後半では量子臨界点の対称性による保護についての原論文 [S. C. Furuya and M. Oshikawa, Phys. Rev. Lett. 118, 021601 (2017)] のエッセンスを解説する。

講義C 半導体の永久スピン旋回状態とその応用

好田 誠 先生
東北大学

準備中

講義D ひもやシートが作り出すかたちと力学

谷 茉莉 先生
京都大学

私たちの周りには、さまざまなかたちの物体が存在する。中でも、薄いシートや細長いひもは少し力をかけると大きく変形し、バラエティに富んだかたちやパターンを見せる。そのバリエーションは、生き物から人工物まで、また、ミクロからマクロまで、まさに多種多様である。それらが織りなす美しく不思議なかたちやパターンはどのように作り出されるのであろうか?それらは力学的にどのように説明できるのであろうか?本集中ゼミでは、多様なかたちとそれを説明する力学を概観したのちに、日常生活の中でも馴染みのあるような現象を例に、そこに現れるかたちとその力学的発現機構を考えたい。

講義E トポロジカルアクティブマター:生物と固体物理の協奏

曽根 和樹 先生
筑波大学

量子のスケールを扱う固体物理と目で見える(古典の)スケールを扱う生物物理、2つの分野は一見独立しているように思えるでしょう。しかし、今回お話しするトポロジカルアクティブマターはこれらの独立して見える分野を結びつけるものとなっています。トポロジカルアクティブマターのトポロジカルというのは、トポロジカル絶縁体と呼ばれる物質群に由来しています。トポロジカル絶縁体ではバンド構造の非自明なトポロジーに対応して、エッジモードと呼ばれる試料端に局在した固有状態が出現します。一方で、アクティブマターは自走粒子の集団を指す言葉で、生物集団などのモデルとして利用されています。トポロジカルアクティブマターの理論は、エッジモードがそのような生物集団でも実現することを予言します。
本集中ゼミでは、トポロジカル絶縁体とアクティブマターの両方の基礎理論から説明を始めます。そして、アクティブマターを記述する流体方程式に基づいて、その線形化によってシュレディンガー方程式とアクティブマターのダイナミクスを結びつけることができることを説明し、その実効的なシュレディンガー方程式のハミルトニアンにトポロジカルな性質を持たせる方法を紹介します。また、近年注目を集めている非エルミートなどへの拡張についても時間の許す範囲で紹介できればと思います。

講義F 量子情報科学と物性物理

竹森 那由多 先生
大阪大学

量子力学は 20 世紀最大の科学的成果の一つであり、その応用として発展してきた量子情報科学は、従来の計算科学とは異なる新たなパラダイムを提供している。近年、量子計算技術の進展により、古典計算では困難であった物性物理や量子化学における多体電子系の解析が、量子アルゴリズムを用いることで飛躍的に進む可能性が見えてきた。
2025 年の国際量子年(International Year of Quantum Science and Technology)は、こうした量子科学の進歩を振り返るとともに、今後の発展の方向性を議論する重要な機会となる。本稿では、初学者も想定してまず量子力学の基本公理を復習し、それに基づく量子情報理論の重要な定理を解説する。後半では、物性物理のための量子アルゴリズムに焦点を当てる。量子状態を推定する手法として、従来より量子状態トモグラフィー(Quantum State Tomography)が知られてきたが、その計算コストの高さが実用上の課題とされてきた。また、変分量子固有値法(VQE, Variational Quantum Eigensolver)のような手法が、相関電子系の基底状態エネルギー計算に応用されてきたものの、精度や精度の限界や適切なアンザッツの選択が求められる点で課題がある。こうした従来手法の課題を踏まえ、近年注目されている新たな手法として、古典影像法 (Classical Shadow Tomography) およびフェルミオン影像法(Fermionic Shadow Tomography)を紹介する。
量子計算は、相関の強い電子系の研究に新たな手法をもたらすだけでなく、物性物理の理解を根本から変える可能性を秘めている。本稿では、その理論的背景と具体的な応用例を示し、物性物理学を学ぶ大学院生がこの分野の最新動向を理解し、さらなる発展に貢献できるような基盤を提供することを目指す。(講義資料より転載)