集中ゼミ2アブストラクト

単一光子,量子もつれ光子の発生と量子計測

枝松 圭一先生(東北大学)

量子的な光、特に単一光子、量子もつれ光子の発生とその利用は、光を用いた量子情報通信技術の要であるばかりでなく、光の量子性を利用した新しい量子計測、量子分光技術の礎でもある。この集中ゼミでは、光を用いた新たな量子計測・分光技術に興味をもつ物性若手研究者を対象に、以下の内容についてできるだけ易しくお話ししたい。

  1. 量子光学の基礎
  2. 単一光子の発生と観測
  3. 量子もつれ光子の発生と観測
  4. 単一光子,量子もつれ光子を用いた量子計測

なお,ゼミの内容に深く関連する教科書として、以下を参考にされたい。
枝松圭一著「単一光子と量子もつれ光子 −量子光学と量子光技術の基礎−」(基本法則から読み解く物理学最前線19)共立出版(2018)

グラフェンと2次元物質

越野 幹人先生(大阪大学)

グラフェンは炭素の一形態であり、グラファイト1原子層だけから成る薄膜である。2004年に発見されたこの物質は、厚さ数オングストロームの極めて薄い物質でありながら、高い電気伝導性や機械的強靭性を誇り、未来の物質材料としても注目される。グラフェンにおける電子のバンド構造は「質量の無いディラック電子」と呼ばれる特別な構造を持っており、トポロジーの異常に起因して様々な特異な物性をもたらす。また近年ではグラフェン同士を回転させて重ねた「ツイスト2層グラフェン」ではモアレパターンに起因すると思われる超伝導が観測されており、新たな展開を迎えている。 この集中ゼミでは、グラフェンの電子的性質を記述するDirac方程式を基本として、グラフェン及び関連物質(ツイスト2層グラフェン、hBNほか)の基本的な性質とトポロジカル物性を紹介する。

  1. グラフェンの電子構造とDiracモデル
  2. グラフェンのトポロジカルな性質とエッジ状態
  3. ツイスト2層グラフェンとモアレバンドエンジニアリング

ダイヤモンド中窒素-空孔中心のセンサー応用と物性計測

佐々木 健人先生(東京大学)

近年、ダイヤモンド中窒素-空孔(NV)中心という点欠陥を、磁場や温度のセンサーとして応用する研究が世界中で行われている。NV中心の特異な光学スピン特性により、NV中心の単一電子スピンは、初期化、読み出し、量子操作が可能である。局所磁場/温度による単一電子スピンのエネルギーシフトを、量子操作によって精密に測定することで、高空間分解能かつ高感度に磁場/温度計測を行う。極低温から室温を超える高温、超高圧といった幅広い環境においても、NV中心はロバストにセンサー動作する。高空間分解能、高感度、高いロバスト性を有する新原理の量子センサーとしてNV中心は画期的であり、他の計測手法では観測が難しかった現象への適用が期待される。

物性計測は、NV中心のセンサー応用が最も期待されている分野の一つである。例えば、固体物性として代表的な超伝導や磁性は、温度や外部磁場に対して特徴的な振る舞いがあり、磁場、熱応答の計測によって理解が進んできた。これら磁場や熱は保存量ではないため、NV中心の優れた空間分解能と感度が活きる計測対象である。

本授業では、NV中心の基本的な性質、磁場や温度の計測原理、量子操作による高感度化、測定セットアップなどを説明した後、相転移や二次元物質などを測定対象とした最新の物性計測応用を取り上げて紹介する予定である。

動的に変化するネットワークと結合力学系 -数理モデル構築からデータ解析まで-

青柳 富誌生先生(京都大学)

多数の要素が相互作用することで生じる非自明な現象に関して、従来の規則的な空間上の系に止まらず、最近では複雑なネットワーク上の相互作用を仮定した解析も行われています。そこで重要なことは、単に静的なネットワーク上の相互作用を考えるだけでは不十分であり、個々の要素の状態に応じてダイナミックにネットワーク構造が変化することを考慮すべき状況にしばしば直面することです(例えば、神経や感染症のネットワーク)。

このような系を解析する場合、感染症など個々の現象の特性に特化した数理モデルを用いるのが王道でしょう。一方、幅広い現象に対して限定的でも適用可能な汎用性の高い数理モデルを構築して解析する方法もあります。実際、イジングスピン系などは磁性体に限らない脳や社会現象のモデルなど幅広い現象に応用されています。このアプローチでは、できるだけ普遍(あるいは不変)的な本質を捉えるため、理論的汎用性からリミットサイクル振動子や散逸と拡散が最初に考えるべきダイナミクスの候補となります。たとえ素子がシンプルなダイナミクスであっても、相互作用のネットワークが動的に変化する場合は、非自明な興味深い現象がしばしば見られます。この集中ゼミでは、動的ネットワーク上の力学系を解明するための第一歩として、以上の2つの解析例を紹介します。

最後に、現実のデータから相互作用ネットワークを同定することも今後の重要な課題です。現代的なベイズ統計と力学系の理論を組み合わせれば、そのようなことも可能になりつつあり、特にリズム間の相互作用を推定するいくつかの事例を概説します。

相関電子系の非平衡物性研究の最前線

村上 雄太先生(東京工業大学)

平衡状態では、電子相関によりもたらされる物性や量子相により固体物理が彩られてきた。一方、近年、相関電子系を外場で駆動することでより多彩な物性の発現が期待され、実験・理論の両側面から急速に研究が進められている。本ゼミでは、相関電子系における非平衡物性研究の最近の潮流を紹介し、有力な理論手法である非平衡グリーン関数法、特に非平衡動的平均場理論の基礎、最近の進展さらにその応用例を解説する。ゼミの前半では、光誘起相転移、Floquetエンジニアリング、高次高調波発生といったキーワードを中心に、固体物理の非平衡現象を実験・理論の両側面からレビューし、この分野の潮流を感じ取ってもらう。ゼミの中盤では、いくつかの理論手法を具体的に紹介しつつ、特に非平衡グリーン関数法の基礎と最近の進展について解説する。ゼミの後半では、非平衡グリーン関数法の具体的な適用例としてMott絶縁体を考え、最近の研究を紹介する。例えば、周期外場によってもたらされる非平衡現象の例として、強相関系における高次高調波発生の予言や、冷却原子気体と理論の直接比較に関する研究を紹介する。さらに、光誘起により生成される光キャリアによって平衡系とは異なる物性および秩序相が出現することも紹介する 。

量子コンピュータの機械学習への応用

御手洗 光祐先生(大阪大学)

近年の機械学習の目覚ましい発展は、計算機の高速化が強力にサポートしてきた。そこで量子コンピュータを機械学習に利用するという方向性が近年活発に研究されている。本集中ゼミでは、代表的な量子機械学習アルゴリズムについて概観し、その可能性や課題について議論する。 量子機械学習アルゴリズムは、おおまかにNoisy Intermediate Scale Quantum (NISQ) デバイスでの近未来応用を主眼に置いたものと、誤り訂正後の万能量子コンピュータを見据えたものに大別される。これら2つの方向性について代表的なアルゴリズムを紹介するために、はじめに機械学習や量子コンピュータの基礎的な事項を最初におさえる。その後前半で、NISQデバイスに向けた量子アルゴリズムを紹介する。特にパラメータ付きの量子回路を用いた機械学習手法について概観する。その後後半では、量子サポートベクターマシンや量子線形回帰など、長期的応用を見据えたアルゴリズムについて議論する。量子機械学習自体は直接的に物性物理に関連している分野とは言えないかもしれないが、例えば量子機械学習アルゴリズムを物理系の相転移検出に応用してみるなど、物性物理学への応用のアイデアは絶えない。本集中ゼミが参加者の議論の種になれば嬉しい。