第67回 物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
オンラインでの相互作用。
仲間と凝縮、新たな相転移へ。

講義

概要

物性若手夏の学校のメインイベントであり、第1回から連綿と続く企画です。

それぞれの専門分野において研究・教育の第一線で活躍されている先生方を講師に迎え、3時間×3日の長時間をかけて、基礎的な事項からやや発展的な内容をお話しいただきます。

専門分野に近い講義を受ける、未知の分野に挑戦してみる、複数人で役割分担しノートをシェアし合うなど自由な方法でお聞きください。

事前にYoutubeに公開される講義プレビューも参考にすると良いでしょう。

オンライン開催における実施方法

2日目から4日目の午前中に3時間ずつ、合計9時間が講義に充てられます。 今回はZoomのミーティング機能を用いて行います。スライド、板書を画面共有の機能を用いて共有しながら行います.

受講者のレベルとしては、物性物理を専門とする修士課程の学生を想定していますが、量子力学や統計力学に慣れ親しんだ学部生でも十分ついていける内容になっていると思われます。

詳細は後ほどこのサイト、メールまたは参加者用Slackでお知らせします。

第67回講義招待講師一覧(敬称略)

分野 講師 所属 講義タイトル
A 矢花
一浩
筑波大学 計算科学研究センター 量子物性研究部門・原子核物理研究部門 教授 フェムト・アト秒スケールの実時間第一原理計算
B 佐藤
昌利
京都大学 基礎物理学研究所 物性分野 教授 トポロジカル超伝導体とその周辺
C 今田
立命館大学 理工学部 物理科学科 教授 磁性体と強相関電子系の電子分光とスピン・軌道角運動量
D 作道
直幸
東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任講師 高分子ゲルの熱力学
E 北村
想太
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教 周期駆動量子系の物理
F
浩司
NTT物性科学基礎研究所 量子科学イノベーション研究部 理論量子物理研究グループ 特別研究員 量子情報と量子インターネット

分野についてはこちらを参照してください。

講義アブストラクト

フェムト・アト秒スケールの実時間第一原理計算

矢花 一浩 先生
筑波大学 計算科学研究センター 量子物性研究部門・原子核物理研究部門 教授

本講義では、光を照射した物質中で起こる電子の超高速運動―フェムト(10-15)秒からアト(10-18)秒の時間スケール―に関し、理論と計算科学の方法の発展を中心に紹介する。量子多体問題の教科書を開くと、系に一定振動数の外場を加えた振動数領域の応答に対し、時間に依存する摂動論を用いた記述が採用されている。これは、重ね合わせの原理が成り立つシュレディンガー方程式の線形性から自然なことである。では、本講義で時間軸を用いた記述に転換する理由は何か。

まず先端の光科学実験で、アト秒(10-18 s)のパルスを用いた物質中の電子運動の測定など、時間領域の測定が台頭しており、時間軸の理論や計算が必要とされている。また振動数表示に比べ、時間軸を用いると物理現象に対し、はるかにわかりやすいイメージを持つことが可能になる。そして計算機の発展に伴い、アト秒からフェムト秒程度の時間スケールで起こる現象を第一原理レベルで計算することが可能となっている。

講義ではまず、電子の運動を記述する第一原理計算法として知られる時間依存密度汎関数理論を基礎として、原子や分子などの簡単な物理系を例にとり、線形・非線形光応答で現れる電子ダイナミクスを紹介する。続いて、固体(結晶)中の電子ダイナミクスの記述に進み、誘電率や電気伝導度などの線形応答関数が時間軸での電子ダイナミクスとどのように関連するのかを調べる。また最近高い興味を集めている高次高調波発生などの非線形光応答を論じる。最後に、物質中の光の伝搬を記述する巨視的・微視的電磁気学を、物質科学の第一原理計算から出発して構築する試みを紹介し、それがどのような現象の理解に繋がるのかを論じる。

トポロジカル超伝導体とその周辺

佐藤 昌利 先生
京都大学 基礎物理学研究所 物性分野 教授

物質を波動関数のトポロジーによって分類するというトポロジカル相の概念は、1980年の量子ホール状態の発見に起源をもつ。トポロジカル数によって状態を特徴づけるというアイデアやバルクのトポロジカル数と境界のギャップレス状態との関係(いわゆるバルク・境界対応)という現在知られているトポロジカル相の基本的な性質は、90年代の半ばまでに知られていたが、2000年になる頃までは、量子ホール効果以外の興味深い現象は知られていなかった。

そのような認識が変化することになる最初のきっかけの一つが、ReedとGreenによる量子ホール状態との類似性を用いた超伝導状態の研究である。彼らは、カイラル超伝導状態が量子ホール状態と類似のトポロジカル数で特徴づけられることに注目し、それによってカイラル超伝導体がギャップレスのエッジ状態や超伝導体渦中にゼロモードを持つことが説明できることを見出した。更に超伝導体特有の電子・正孔対称性によって、それらの状態がマヨラナフェルミオンとなること、またそれにより超伝導渦の統計性が単純なボース統計やフェルミ統計でなく、交換操作で新しい状態となる非可換エニオン統計となることを指摘した。この発見は、超伝導体がトポロジカル相として、量子ホール効果以外の特徴をもつことを見出したものであり、現在も広く興味を持って研究が進められている。

本講演では、トポロジカル超伝導体の話を中心にトポロジカル相の基礎および最近のトピックについて解説を行う。

磁性体と強相関電子系の電子分光とスピン・軌道角運動量

今田 真 先生
立命館大学 理工学部 物理科学科 教授

磁性や強相関電子物性が電子のスピンや軌道角運動量と深いつながりを持つことは言うまでもない。
そのつながりを解明するために「電子分光」が貢献できる場合がある。光電子分光や内殻光吸収、X線共鳴非弾性散乱といった手法において、高分解能化だけでなく、励起光の偏光制御や電子スピンの観測を組み合わせることで、かなりの情報を得ることができることを紹介する。
講義では、フント則などの基礎に言及した後、次のようなトピックスを題材に進める(変更の可能性あり)。

  • 希土類系の結晶場基底状態の偏光励起角度分解内殻光電子分光による解明
  • ハーフメタルの光電子分光および磁場中X線共鳴非弾性散乱とバンド計算
  • ビスマスとその化合物のスピン・軌道状態

このほか、ネオジム系永久磁石や磁性形状記憶合金等にも触れたい。

高分子ゲルの熱力学

作道 直幸 先生
東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任講師

高分子ゲルは、鎖状高分子の三次元網目構造が大量の溶媒を含んで膨潤したソフトマターである。溶媒をほとんど含まない高分子ゲルが、いわゆる「ゴム」である。高分子ゲルは、ゼリー・豆腐などの食品や、ソフトコンタクトレンズ・止血剤など医療に活用される。高分子ゲルの物性の理解・制御は産業にとっても重要であるが、実験結果を高精度で予測できるほどの理解はされていない。その理由は、通常のゲルは、作製プロセスに依存して決まる不均一な高分子網目構造を持つために実験の再現性が低く、網目構造の制御も不均一性の影響の評価も困難なためである。

しかし近年、極めて均一で制御可能な網目構造を持つ高分子ゲル(テトラゲル)の登場により、この状況は一変した。不均一性の問題が解消し、精緻化された再現性の高い実験データに基づいて、弾性・浸透圧・膨潤ダイナミクス・破壊など、高分子ゲルの基礎物理の全貌が解明されつつある。例えば、高分子ゲルの弾性率について「負のエネルギー弾性」が発見された。ゴムや高分子ゲルに外力を加えて変形すると、高分子鎖が引き延ばされて復元力(エントロピー弾性)が生じるが、高分子ゲルの場合は溶媒に由来する反対向きの力も生じて大幅に柔らかくなることがわかった。この発見は「ゴムと高分子ゲルの弾性率は、エントロピー弾性でおおむね説明できる」という100年近い長年の定説をくつがえす。さらにゲルの膨潤ダイナミクスにおいても、負のエネルギー弾性と類似の法則が発見された。浸透圧については、流動性のゾル状態から非流動性のゲル状態までゲル化の進行に伴う浸透圧の低下が、直鎖高分子溶液で知られる普遍的状態方程式で説明できることがわかった。

本講義では、ソフトマターの入門的な教科書レベルの話からはじめて、その延長線上として高分子ゲルの熱力学の最先端を紹介する。

周期駆動量子系の物理

北村 想太 先生
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教

物質の性質を自在に設計・制御することは凝縮系物理学の究極の目標の一つといえるが、物性制御の新たな可能性を切り開く試みとして、光誘起相転移の研究が挙げられる。新たに光という自由度を導入することは、単に既存の相図に新しい軸を加えることに留まらず、動的に物性をスイッチングできる可能性をもたらしたり、強い外場によって起こる非平衡現象を利用することで平衡状態では思いもかけないような状態を実現させたりといった、質的に新しい物理を生み出す舞台を提供する。

一般には強い外場のもとでの非平衡状態を微視的な理論に基づいて解析することは困難であるが、外場が時間に関して周期的である場合には、Floquetの定理を用いて非平衡系のダイナミクスを実効的な平衡系の問題と対応づけることで、多くの情報を引き出すことができる。特に近年では、外場のもとで異なる時刻のハミルトニアンが非可換となることに起因する量子効果によって、トポロジカル量子相をはじめとするさまざまな新奇相が実現される可能性が議論されている。

本講義では、周期外場に駆動された量子系を対象として、Floquet理論を用いた物性の解析方法や、様々な新奇量子相の実現方法の理論提案について基礎的な部分から解説する。

量子情報と量子インターネット

東 浩司 先生
NTT物性科学基礎研究所 量子科学イノベーション研究部 理論量子物理研究グループ 特別研究員

量子力学は、原子や光子などの微視的粒子が織り成す物理現象に対して、最も正確な理論的記述を与える。そのような量子力学はいまや、「情報」という抽象概念の定量化に成功した情報理論と組み合わされることで、従来の情報理論の枠組みを超える量子情報理論となり、量子通信や量子計算の可能性など、これまでにない全く新しい情報処理の可能性を見出してきた。

本講義では、情報理論的観点から量子力学の数学的枠組みを捉えることで、量子力学の下で許される情報処理を探求する。特に、量子力学特有の相関である「量子もつれ」が量子計算や量子通信の基本的なリソースであることを示し、その定量化についても解説する。また、そのような万能リソースである量子もつれを供給する現実的な方法を考え、これらの方法の実現が、なぜ将来の量子通信ネットワーク「量子インターネット」実現の礎となるのかについても解説する。