サブゼミでは、講師としてお招きした先生方に、ご自身の研究について3時間の講演をしていただきます。各分野の最新のトピックを時間をかけてわかりやすく学べることがサブゼミの特徴です。
先生が研究されてきたトピックをそのご本人からお話いただくことで、通常の講義では味わえない臨場感をともなった講演になるでしょう。また講師の講演を聞くだけでなく、学生側からの積極的な質問によって活発な議論が起こることを期待しています。
サブゼミは4日目の午後に行われます。六つのサブゼミが行われますので、アブストラクトやテキストなどを参考にして好きなものを選んでください。自分の専門分野についてさらに深い理解を求めるのもよし、自分の専門分野以外で新たに見聞を広めるもよしです。
氏名(敬称略、五十音順) | 所属 | 講義タイトル |
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岩井伸一郎 | 東北大理 | 光誘起相転移の超高速ダイナミクス |
木下俊哉 | 京大人・環 | 非平衡1次元ボース気体 |
小林研介 | 京大化研 | 人工量子系の物理の展開 :量子情報技術から非平衡統計物理学まで |
水島健 | 岡山大 | 超流動体、並びに超伝導体における量子渦の物理 |
吉野元 | 阪大理 | ガラス・ジャミング転移と剛性の発生 |
渡辺澄夫 | 東工大 精工研 | 構造の観測における物理学と数学 |
物質の色や電気伝導性、磁性などの性質を光で自由自在に操ることは、光科学の重要な目標の一つである。
この10年ほどの間に、遷移金属酸化物や低次元有機伝導体などのいわゆる強相関電子系物質において、フェムト秒レーザー励起による、絶縁体−金属転移や磁気転移などが数多く報告されている。
これらの光誘起電子転移は、電子(スピン)、光物性の超高速なスイッチングの動作原理として、あるいは、新規な非平衡物質相の探索のツールとして研究が進められている。
本サブゼミでは、低次元有機電荷移動錯体を中心に、遷移金属錯体、酸化物における光誘起相転移(絶縁体−金属転移、スピン転移、中性−イオン性転移)の超高速ダイナミクスを概説する。また、最近の展開として、光の電場振動の2-3周期に匹敵する極超短パルスや、テラヘルツ光を用いた先端分光によって光誘起相転移の何がわかるのかについても議論したい。
概要
・光誘起相転移って何?
・超高速分光によるダイナミクス研究の始まり;光誘起中性−イオン性転移
・光で電荷のギャップをつぶす;光誘起モット転移、光誘起電荷秩序融解
・温度相転移と光誘起相転移はどう違う?;光誘起相転移のテラヘルツ分光
・見えてきた初期過程;極超短パルス光で捉えた”はじめの瞬間”
・そして何を目指すのか;光誘起相転移のコヒーレント制御
光が物質に照射されると物質の一部の電荷分布が変化して、それにより周りの電荷分布も影響を受ける。それがドミノ倒しのように広がって全体として全く異なる新たな電荷秩序が実現される。このような現象を光誘起相転移と呼びます。
この現象はフェムト秒スケールで相転移が実現するという劇的なものであり、これまで盛んに研究が行われてきました。そして光誘起相転移ダイナミクスの解明は、未知の物性や光記憶メディアの新しい記録方式の発見、はたまた光誘起超伝導実現の鍵とされています。
岩井伸一郎先生は、モット絶縁体-金属相転移を高効率で生じさせる新手法を発見するなど、最先端の光誘起相転移研究を行ってきた方です。今回の講義では光誘起相転移の基礎から応用への展望まで、最先端の研究内容もあわせてご紹介していただきます。幅広い分野からの参加をお待ちしています!
本サブゼミでは、レーザー光の定在波の節などに冷却原子気体を規則的に配列した光格子によって生成された低次元系、特に1次元ボース気体に焦点を絞った解説を行う。
1次元ボース気体では、相互作用が弱い擬凝縮状態から、強く相互作用する極限ではフェルミオン化したボゾン(Tonks-Girardeauガス)へと移行することが厳密解とともに知られている。一方、この1次元系は、熱平衡状態に近づかないなど可積分性を保持しているが、可積分性を崩す制御可能な擾乱を印加することで、非平衡過程そのものを制御する道が開けてくる。
サブゼミでは、1次元ガスの生成法、原子間相互作用の制御による弱相関から強相関系への移行に関する一連の実験結果を解説する。さらに遠く非平衡状態に置かれた1次元気体のその後の過程と非線形項やトンネリング印可による熱平衡化の実験を述べ、統計物理学の基礎原理や数理物理学上の重要な理論モデルを実際の量子多体系で検証しようとする実験なども紹介する。
冷却原子系の研究は、1995年のアルカリ原子気体によるボース凝縮の成功に代表されるように、近年非常に急速に発展し数多くの輝かしい成果が生み出されてきました。その素晴らしい成果の1つとして光格子を用いた実験があげられます。
光格子とは光の定在波によって作られたポテンシャルのことです。この光格子に原子を入れることで、格子欠陥などがない非常にきれいな周期ポテンシャルでの物理の探求が可能となります。
冷却原子気体と光格子を組み合わせることで、非常に興味深いさまざまな物理現象が観測可能になってきました。
本サブゼミで講師をして下さる木下先生は、光格子を用いた一次元冷却原子系の研究で先駆的な成果をあげられている方で、非平衡1次元ボース気体についての大変魅力的な研究を行われていらっしゃいます。
今回のご講演では、1次元の物理と非平衡過程という非常に興味深いテーマに対する冷却原子を用いたアプローチについて説明して下さる予定です。
人工量子系の物理(メゾスコピック系)とは、固体素子に現れる普遍的な量子力学的効果を研究対象とする分野のことである。
この分野は1980年代以降、微細加工技術の進展とともに発展し、近年のナノテクノロジー興隆の端緒を開くと同時に、物性物理学における重要な研究分野の一つとして現在も大きな注目を集めている。
人工量子系の物理の最大の特長は、系を自在にデザインすることによって、量子効果が本質的であるようなスケールにおいて制御性の高い実験が可能となる点にある。
本講義では、まず、エレクトロニクスとナノテクノロジーの発展によって、どのようにしてこの分野が始まってきたかを概観する。さらに、今日活発に行われている人工量子系の研究(量子情報技術など)に関する最新の成果について触れ、この分野の魅力を分かりやすく紹介する。
最新の成果であるが、その内容の主要部分を理解するためには、量子力学の基礎の素養があれば十分である。また、最近、我々は量子雑音測定を用いることによって、人工量子系を非平衡統計物理学の研究へと適用している。その内容についてもご紹介したい。
微細加工技術をはじめとするナノテクノロジーの発展によって、自在にデザインした系を実際に作り出すことが出来るようになってきました。このように人工的に作られた量子系は、基礎物理の実験の場、あるいはスピントロニクスや量子情報といったような新しい技術を切り拓く場として利用され、様々な実験が行われています。
その中でも小林先生は、人工量子系を舞台にした量子雑音測定という高度な実験によって、「揺らぎの定理」のような非平衡統計力学に関わるような研究をなさっています。
今回の講義では、人工量子系にあまりなじみのない人でも、量子力学の基礎さえ知っていれば分かるように、お話していただく予定です。これを機会に、ぜひ人工量子系の世界の魅力を感じてみませんか?
磁場中の超伝導体や回転する超流動体では量子化された渦を伴う。これまでにも4Heや3He超流動体や様々な超伝導物質の熱力学的特性や輸送現象において量子渦の役割が強調されてきた。近年では、中性原子気体系におけるボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)やBCS-BECクロスオーバーの実現により、量子渦の研究は加速度を増している。
この講義では、まず空間的に非一様な超流動・超伝導系を統一的に記述する理論形式を紹介する。最も微視的なBogoliubov-de Gennes理論から始まり,準古典Eilenberger理論やさらにはGinzburg-Landau理論を概観し、それらの理論の一長一短を述べる。また、量子渦には物質の詳細によらない普遍的な側面と物質固有の側面があることを紹介する。例えば、秩序変数の対称性により様々な種類の量子渦が存在し得るが、これらに付随する低エネルギー準粒子励起は全て「アンドレーエフ束縛状態」という共通の言葉で理解できる。さらにはマヨラナ粒子やトポロジカル超伝導、超伝導接合系での奇周波数クーパー対等といった最近のトピックスもこの共通概念の自然な拡張として理解できる。
本講義で計画している話題の一例を挙げる:
(1)BCS-BECクロスオーバーでの量子渦やトポロジカル相転移。
(2)3HeやSr2RuO4といったスピン3重項超伝導系での半整数量子渦の非可換統計性とマヨラナ粒子について。
(3)量子渦の運動。
水島先生は、中性原子気体で実現されるBose-Einstein 凝縮体における量子渦や中性フェルミ原子気体及び第二種超伝導体における空間的非一様な超流動 (超伝導) 状態を中心に理論研究をされてこられており、当該分野の第一線で活躍中の研究者です。本サブゼミでは、「渦(vortex)」をキーワードに中性原子気体のBose-Einstein 凝縮体、3Heの超流動やSr2RuO4といったスピン三重項超伝導体等の具体的な系に普遍的な物理と個別的な物理を講義していただく予定です。
また、マヨラナ粒子やトポロジカル超伝導、超伝導接合系での奇周波数クーパー対等の最近の話題についても、量子渦中に束縛された準粒子の低エネルギー励起としての「Andreev束縛状態」という概念で理解できることを紹介していただきます。
「渦(vortex)」を通して見る超流体、トポロジカル凝縮系の世界に少しでも興味のある方は是非聴講してください。あまり興味のない方も、十分に興味をそそられる新鮮な内容ですので、楽しんでいただけると思います。違った系で、共通した物理や個別の物理を知る絶好の機会ですので、本サブゼミを利用して「視野を広げ、物性分野への興味を深めて」下さい。
「水髄方円 」(水は方円の器に従う)という言葉にあるように、液体は入れ物の形にやすやすと従う。こうならないのが固体である。自然界に存在する固体には、結晶とともにアモルファス固体、すなわちガラスがある。
ガラスは液体のように空間的に乱れた原子・分子配置を持ちながら剛性を持っている。普段当たり前のことのように受け止められていることであるが、どのようにしてそのようなことが可能になっているのだろうか?
近年、粉体のジャミング転移を含めた広汎な系においてこの基本的な問いに答えようという研究が活発に行われている。
このサブゼミではまず、ガラスやジャミング転移に関する初歩的な解説から始める。次に、実験、理論による最近の研究の進展の概要を説明する。最後に、スピングラスなどランダム系の統計力学で発展したレプリカ法と、伝統的な液体論を組み合わせたクローン液体論という第一原理的なアプローチに基づいて、ガラス系の剛性を研究する試みを紹介する。
みなさんは“ガラス”と聞くと窓ガラスなどを思い浮かべると思います。でも実はガラスは物質の名前ではなく状態の名前です。そんなガラスという概念はずっと広く、分子がランダムな空間配置を保ったまま、運動が凍結した状態のことを指します。この運動の凍結は、液体の温度や圧力を急激に下げる、または上げる事により引き起こされます。これをガラス転移と言います。
実はこのようなガラス転移の研究は現在、非平衡系の物理の中でも最も活発に研究されているものの一つです。ガラス転移の研究は大きく分けて液体論とスピングラスの立場があり、現在は両者が融合して大きな発展をしています。
吉野先生はスピングラスの立場からガラス転移の研究をはじめられ、レプリカ計算などスピングラスで発達した手法などを用いてガラス転移の理論構築に貢献していらっしゃいます。非平衡系の物理に興味がある方は是非ガラス転移の研究の雰囲気を味わってみてください。
このゼミでは、古典系すなわち可換な物理量の観測において、計測に基づいて構造を推測する、という課題を考える。
例えば、ある空間の周囲の有限な箇所で電場を測って、その結果から、電荷の個数・位置・強さを知ることができるか、という問題を考える。このような「観測から構造を推測する」という問題は、「構造の全体が作る集合」の上に、あるランダム・ハミルトニアンから定義されるボルツマン分布を作ることと等価であって、物理学とよく似た問題になっている。
しかしながら、「構造の全体が作る集合」は有限次元であるが多様体ではなく、解析的集合や代数的集合であるため、ボルツマン分布の挙動を知るためには、従来からの統計学や情報理論だけでは不十分であった。
このゼミではこの問題を考えるための物理学と数学について紹介する。ここで紹介する方法を量子系に拡張することはできるだろうか。
なお、このゼミは主として大学3年生から修士2年生くらいまでの物理学を学んでいる人たちを聞き手として想定しています。数学・統計学に関する予備知識は必要ありません。
絶対に解明したい現象がここにある。
実験により対象からデータを獲得し活用することは普遍的な行為であり,物理学の枠に収まらない,現象理解の一手段であることはいうまでもありません。統計学・情報理論はその一側面が形を成したものであると言えます。
ちょっと抽象的な話になってしまいましたが,物理学研究の現場でも,地道にデータをとり,(実験と理論の同時進展というべき)理論との整合的理解を進める試行錯誤が日常的に行われており,この行為自体は物理学者の習慣です。ただし,統計学・情報理論の観点は残念ながら希薄であるといえます。
本サブゼミでは,渡辺先生に統計学・情報理論で扱う構造推測の問題を物理的かつ具体的な例を用いて紹介していただきます。渡辺先生はこのような問題について長年研究されてこられました。他分野との交流の要素もある本サブゼミは非常にハードルも低く,皆さんの素養を深めること確実です。ぜひご参加を!