第1回物性若手夏の学校より綿々と受け継がれてきたメインイベント!それが講義です。
講義では、研究・教育の両分野において第一線で活躍しておられる先生方を講師に迎え、各分野の基礎的〜やや発展的な内容を話していただきます。
普段話を聞くことのできない他大学の先生方のものの考え方、物理観を学び、また授業やその空き時間、懇談会等を通じてその先生方とコミュニケーションを取れる機会は中々に無く、講義というイベントの最大の魅力だと言えます。
自分の専門分野で注目していた先生の講義を受けるのもよいでしょうし、これを機に新しい分野に挑戦してみるのもまた面白いかと思います。
このまたとないチャンスを、今後の研究生活のためにぜひ有効活用して下さい!
2日目〜4日目の午前中、計9時間を使って講義が行われます。初日には講義プレビューの時間枠が設けられており、それを踏まえ、参加者の方々には六つの講義の中から受けたい講義を一つ選んでいただく形になっています。
受講者レベルとしては修士の学生を中心に想定しつつも、3日間の講義で、最先端につながる知識をまとまった形で得られる内容にしていただく予定です。
講義は座学形式で、当日は長机と椅子が用意されます。途中に休憩を5〜10分程度の休憩を挟む予定です(講師の方次第で回数や時間は異なります)。
氏名(敬称略、五十音順) | 所属 | 講義タイトル |
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井上慎 | 東大工総合 | ボース凝縮体:基礎から応用まで |
太田隆夫 | 京大理物理 | 非平衡ソフトマター |
川上則雄 | 京大理物理 | 強相関電子系の物理 |
佐藤正俊 | 豊田理研、名大理 | 鉄系の超伝導 |
福山秀敏 | 東理大 | 凝縮系の物理 ― 相互作用する電子系 |
緑川克美 | 理研 | 高次高調波とアト秒科学 |
井上慎 先生
東京大学 工学系研究科 総合研究機構 准教授
1995年のアルカリ原子気体によるボース凝縮の成功から現在に至るまで、極低温原子、分子を用いた実験は非常な進展を遂げた。原子気体系の醍醐味のひとつはその一般性である。実験に使う原子種を全く意識することなく系の相図を書き、「相互作用を制御したときの量子相転移」をすぐに議論できるのは冷却原子の強みのひとつである。
しかし、研究の進展とともに、基礎的現象や実験技術のブラックボックス化が進み、系の直感的理解を阻んでいる場合も少なくない。また、「電気伝導度」や「比熱」なら分かるが、「タイム・オブ・フライト30ミリ秒」の「吸収像」と言われても何のことやら、という人も多いであろう。本講義では、現象の「直感的理解」を最優先に掲げ、講義を行う。何故、凝縮するのか?気体の(吸収)像を撮る、とは何をやっているのか?凝縮体を切ったら、叩いたら、回したら、どうなるか?このような疑問に対し、数式と実験の両方から詳しく説明を行う。凝縮体の超流動体としての振る舞いを十分に理解することができるであろう。
次に近年、極低温原子を用いてなされた興味深い実験について解説する。相互作用を制御する有力な手法であるフェッシュバッハ共鳴や、フェッシュバッハ共鳴をフェルミオンに対して用いることで実現できるBCS-BECクロスオーバー、そして周期的ポテンシャル中のボース粒子を用いて実現された超流動ーモット絶縁体転移などを理解することができる。
Bose Einstein凝縮(BEC)は学部の統計力学の授業等で習うように、ほとんど全てのBose粒子が基底状態に「凝縮」する現象です。BECが実際に起こる系の一つに冷却原子気体があります。これはレーザー冷却、磁気光学トラップ、蒸発冷却等の技術を駆使して実現する温度数百nKの気体です。この系には、フェッシュバッハ共鳴という現象を用いて実験的に原子間の相互作用の強さをコントロールできるという他の系に無い特徴があります。 フェッシュバッハ共鳴以外にも、この系独特の現象があるので、 冷却原子系でBECが実現した1995年以降、この分野は活発に研究されています。
今回講義していただく井上先生は冷却原子気体について最前線で実験の研究をされており、フェッシュバッハ共鳴の観測に初めて成功した方です。講義ではBECの基礎から、凝縮体中での量子渦、フェッシュバッハ共鳴、その応用であるBCS-BECクロスオーバー、等を講義して頂く予定です。
太田隆夫 先生
京都大学 理学研究科 物理学宇宙物理学専攻 教授
ソフトマターという言葉は約20年前に、高分子、液晶、ゲル、コロイドなどの総称として導入された。これらの物質の特徴は原子レベルよりはるかに大きいメゾスコピックスケールでの自由度が強い相関や特異なダイナミクスを示し、それがマクロな物性に多大な影響を与えることである。これをソフトマターの階層性とよび、その反映としての遅い緩和や弱い外場に対する大きな応答はソフトマターに共通する基本的性質である。
ソフトマターが熱平衡で発現するメゾスコピック構造は普通の固体結晶とは異なる特徴をもち、それ自体重要な研究課題である。例えば、水・界面活性剤混合系は、ある条件のもとでは、界面活性剤分子膜が切れることなく3次元周期構造を形成することが知られている。しかし、ここでは動的性質に注目したい。上に述べたようにソフトマターは弱い外場で容易に非平衡状態を実現できる。光ピンセット法や原子間力顕微鏡、3次元トモグラフィー、マイクロレオロジーなどの実時間実空間での計測法がナノ・メゾスケールダイナミクスの研究に威力を発揮している。一方ではこれらの実験から得られたデータを解析し正しく解釈するためには小さなスケールでの非平衡統計物理学が必要である。
講義では、ソフトマター研究の歴史、研究の意義などを述べたあと、メゾスケール粗視化理論と非平衡揺らぎの理論を解説する。ごく最近の話題としてアクティブソフトマターにも言及する予定である。
ソフトマターとは、高分子、液晶、コロイド、エマルションなどの柔らかい物質の総称です。ケーキや牛乳など、我々の大好きな食品もさることながら、我々自身を形づくる生体物質もソフトマターでできており、人間の日常生活においても自然界においても、欠かすことのできない重要な物質と言えます。また、生命現象や生体系の理解を図ることも、ソフトマター研究の一つのモチベーションと言えるでしょう。
今回の講義では京都大学の太田先生に、ソフトマターの非平衡状態におけるダイナミクスを説明する理論について解説していただきます。また最新の話題として、生命・生体系へのアプローチの一つとしても期待されている生体の自発的な運動や機能の発現に注目した「アクティブマター」にも触れていただける予定です。ソフトマターの歴史的位置づけや意義、最新の話題まで、濃厚な3日間を送れること請け合いです!
川上則雄 先生
京都大学 理学研究科 物理学宇宙物理学専攻 教授
近年、凝縮系物理で注目を集めている強相関電子系について、いくつかの例を取り上げて入門的な講義を行います。
(1)まず、強相関電子系における豊富な物理について説明した後、量子揺らぎの最も大きい「1次元電子系」の話題から始めます。1次元系の普遍的性質を記述する「朝永・ラッティンジャー液体」を臨界現象という観点からながめてみると、多様性の中に潜む「美くしさ」が自然に浮きあがってきます。カーボンナノチューブや量子細線への応用も紹介します。
(2)次に、多体効果の典型例である局所的な電子相関「近藤効果」について概説します。近藤効果は古くから研究されていますが、最近でも重い電子系や量子ドット系など、広い分野で精力的に研究が展開されています。いたるところに顔を出す、とびきり重要な概念です。近藤効果には電子相関のエッセンスが凝縮されており、実験の人もぜひマスターしたい必須アイテムです。
(3)さらに、「モット転移」の話をしたいと思います。特に、強相関現象の解明には欠かせない動的平均場理論を紹介します。電子相関効果を扱うことは一般に難しいのですが、「局所的な相関効果を正確に扱おう」というアプローチが動的平均場のエッセンスです。「平均場なのにダイナミクスが扱えるの?」という疑問にも答えたいと思います。時間が許せば、最近のトピックスとして「冷却原子系のモット転移」についてもふれます。
強相関電子系とは、多数の電子が相互作用し一般に多彩な物性を発現する系を指します。
強相関電子系において電子の運動を規定するのは、基本的には電子の運動エネルギーと電子同士の相互作用です。
一見すると非常にシンプルな系ですが、そこでは超電導・分数量子ホール効果等の多彩で非自明な現象が数多くみられます。
今回講義して頂く川上先生は、強相関電子系を中心に最先端の物性理論の研究をされています。
講義では解析的にその振る舞いが知られている1次元電子系、固体中の不純物効果に始まり重い電子系・量子ドットの基礎となる近藤問題、また数値的なアプローチから局所的な電子相関を取り扱うことのできる動的平均場理論やそれらの応用例など、最先端の物性理論を幅広く学ぶことができます。
理論の方だけでなく実験の方にも、分かり易く明日からすぐ使える知識が身に付きますので、理論実験に関わらず是非多くの方に聞いて頂きたいと思っています。
佐藤正俊 先生
豊田理化学研究所 フェロー、 名古屋大学 理学研究科 名誉教授
鉄ニクタイド系は, 銅酸化物系やNaxCoO2 yH2Oに続く3d電子系超伝導体で、初めて発見されたLaFeAsO1-xFx(転移温度Tc〜28K)に続く類似系も数多い(最高のTcは約55K)。またその物理研究も夥しい数に上る。
「その超伝導電子対形成はspin fluctuationの介在による」という考えが、発見後、間をおかず発表されたが、それが正しければ、超伝導の研究手法が進展した現在、その理解にさしたる困難もないように見える。しかし、この系では複数の3d軌道が重なり合っているために、銅酸化物ほど単純ではないし、上記の考えでは説明ができない強固なデータも見つかった。物理を学ぶ者の興味は、(1)電子状態と常伝導物性の理解、(2)超伝導対称性と発現機構の同定、(3)高いTcを持つ系を探索する新たな方向、等と思われるので、それらに答える形で講義を進めるが、具体的には、R(Fe1-yMy)AsO1-xFx系(R=La, Nd等;M=Co, Mn, Ru)の輸送特性の特徴やTc、それらへの不純物Mの効果(特に非磁性不純物のTcへの効果)、中性子非弾性散乱やNMRのデータ等、巨視的・微視的両手段で得られた実験情報を広く見渡し、電子状態や超伝導対称性の矛盾のない解釈に努めたい。また、spin fluctuation介在とは異なった電子対形成機構をも議論したい。
鉄系超伝導に少しでも興味のある方へ。銅酸化物超伝導以来の高温超伝導ということで多くの注目を集めてきました。発見から2年ほどたち多くの研究成果が発表されてきましたが、個々の研究成果を見るだけではなくまとまった勉強をしてみたいという人は多いと思います。本講義では、鉄系超伝導をしっかりと学びたいという人のために開かれています。佐藤正俊先生はNaxCoO2・yH2Oや高温超伝導などを研究されてきた超伝導研究の第一人者です。普段から思っている疑問等を解決するよい機会でもありますので、ぜひ受講してみてください。
(注意!)
福山先生の講義につきましては、4日目は開講せず、2-3日目のみの開講となります。
2日目の13:15-14:15に補講を行っていただきますので、受講を希望される方はご参加ください。
福山秀敏 先生
東京理科大学 副学長
物質は膨大な数の原子・分子で構成され、その性質、「物性」、は実に多様である。それは孤立原子の電子状態が単純であるのにもかかわらず、「物性」を支配する「凝縮系の電子状態」には無限の可能性、すなわち「創発性」(emergence)、があるからである。この状況はAndersonが的確に表現したようにまさに"More is different."である。凝縮系には金属と絶縁体の区別および相転移という顕著な特徴が存在するが、背後には電子がフェルミオンとして持つ「パウリ原理」と電子間相互作用がある。この電子間相互作用が強い場合(「強相関電子系」)には相転移に加えて「モット絶縁体」「電荷秩序」のような絶縁体状態が出現する。
本講義では、「絶縁体」の出現形態についての明確な理解を基礎にさまざまな「伝導状態」を考える。とりわけ多様な状態が出現すると同時に背後にあるコンセプトがきわめて明快な「分子性結晶」については詳細な紹介を試みる。この際、分子に特徴的なp電子がd電子と相互作用する「p-d系」はとりわけ興味深い。分子ばかりではなく原子のp軌道状態を考慮すると、銅酸化物および鉄―ニクタイド高温超伝導体も「p-d系」に含まれるので、それについても触れる。
[参考文献]
福山秀敏、「凝縮系電子物性研究の流れー半導体・金属・酸化物から分子系へ」日本物理学会誌 63巻(2008) 12号p.936-944.
たとえばグラファイト、ダイヤモンド、フラーレンといった炭素によって作られる化合物、または有機導体といった「分子性結晶」と呼ばれる現実の物質では、膨大な数の分子が複雑に絡まりあって結晶を構成しています。これらの物質には金属絶縁体転移、電荷秩序、超伝導といった様々な電子状態が実験で見られます。本講義をしていただく福山秀敏先生は「分子性結晶」についての研究もされており、これについての詳細な紹介もしていただく予定です。
本講義で扱う系では、p,d電子といった分子軌道,クーロン相互作用といったものが「物性」を解き明かしてくれます。本質さえつかめば、一見複雑で規則性のないように見える物性の背後にも何らかの規則を見つけることができます。まさに「分子性結晶」は、何が本質となり現実の物性が引き起こされるのかを探るという「凝縮系の物理」の格好の舞台であるわけです。
「More is different」、多は異なり。膨大な数あるということが「分子性結晶」という舞台で、いかに電子状態を多彩で豊かなものにしていくのか。それを理解するためのエッセンス。本講義ではそのようなことを講義していただきます。奮ってご参加ください。
緑川克美 先生
理化学研究所 基幹研究所 主任研究員
1990年代以降、フェムト秒レーザーの技術は目覚ましく進展し、レーザー場強度が飛躍的に増大した。その結果、原子や分子と高強度レーザー場の相互作用に関する理解が大きく進んだ。しかし、我々の良く知る相互作用の描像は、主に近赤外から可視域の光と物質の相互作用に基づいている。これが極端紫外から軟X線の領域(ここではまとめてXUV領域と呼ぶ)になると、その描像は異なってくることが期待される。近年、X線自由電子レーザーや高次高調波など高輝度なXUV線源の開発が進展し、ようやくXUV領域での強レーザー場と物質の非線形相互作用の実験的研究が可能になり、理論的にも多くの研究者の興味を引きつける話題になってきた。一方、XUV領域の非線形光学現象はそれ自体が興味深い研究対象であるだけでなく、アト秒領域に達する超高速現象の計測にも大きな役割を果たすものと期待さている。フェムト秒レーザーによる超高速分光は、多かれ少なかれ非線形光学過程を利用しているものがほとんどであり、非線形光学を駆使した手法が時間領域の新しい分光法を開拓してきたといっても過言ではない。講義では、高次高調波の発生と高出力化の手法ならびにアト秒XUVパルスと原子・分子の非線形相互作用等について理研での成果を中心に分かりやすく解説する。
アト秒の世界。 ― と聞くと、皆さんはどのような世界を想像するでしょうか。
"アト(atto)"は"10のマイナス18乗"を意味します。すなわち1アト秒=100京分の1秒(!)ですから、これは私達にとって本当に一瞬の、まさに刹那の世界です。しかしここ10年ほどで高次高調波によるアト秒パルスの生成・計測が実験的に可能になり、このような短い時間領域の物理について研究できるようになってきました。特に原子・分子内の電子はアト秒スケールで運動していると考えられており、アト秒パルス発生は電子のダイナミックな動きを"観察する"手法として期待されています。
本講義ではこの分野で第一線の研究者であられる緑川克美先生に、極短パルス発生の理論からわかりやすく解説して頂いた後、アト秒ならではの物性現象について紹介して頂く予定です。この機会に、今後一層開拓されていくであろう超高速物理を体感してみてください。ぜひ、幅広い分野からの受講をお待ちしています。
© Condensed Matter Physics Summer School "Bussei Wakate" 1956-2010
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