•集中ゼミ


▌集中ゼミとは?

集中ゼミでは、講師としてお招きした先生方に、ご自身の研究について3時間の講演をしていただきます。
各分野の最新のトピックを時間をかけてわかりやすく学べることが集中ゼミの特徴です。

先生が研究されてきたトピックをそのご本人からお話いただくことで、通常の講義よりも更に「現場」の物理に近い、臨場感をともなった講演になるでしょう。また先生の講演を聞くだけでなく、学生側からの積極的な質問も歓迎していますので、活発な議論が起こることを期待しています。


▌ 集中ゼミの形式

集中ゼミは4日目の午後に行われます。
六つのゼミに別れて行われますので、アブストラクトやテキストなどを参考にして好きなゼミを選んでください。
自分の専門分野についてさらに深い理解を求めるのもよし、自分の専門分野以外で新たに見聞を広めるもよしです。

集中ゼミでは講義と同様に座学形式で行われます。当日は長机と椅子が用意されています。


▌招待講演講師一覧 (五十音順、敬称略)


石原 一大阪府立大学大学院 工学研究科光で操るナノ物質のミクロとマクロ
大串 研也東北大学大学院理学研究科 物理学専攻遷移金属化合物の強相関電子物性
笹本 智弘東京工業大学大学院 理工学研究科 物性物理学専攻KPZユニバーサリティクラス
樽茶 清悟東京大学工学系研究科 物理工学専攻固体中の電子の量子操作と計測
山本 浩史分子科学研究所 電子物性研究部門有機相転移トランジスタと強相関物性物理
和田 浩史立命館大学大学院 理工学研究科かたち・動き・成長の生物物理学




1. 光で操るナノ物質のミクロとマクロ
 石原 一 先生 (大阪府立大学大学院 工学研究科)


 物質に光があたると、反射、透過、吸収、屈折や、あるいは発光など様々な光学応答が起こります。これらの現象はミクロに見ると、入射した光が個々の原子を分極させることにより始まります。原子が分極し、その分極がまた光を放射する、という過程が原子の集合様態や外場に応じて様々に相乗し、多様な光学応答が引き起こされます。どのような分極状態が現れるかは、通常、「光の波長は原子や分子のサイズに比べて充分に長い」という長波長近似の前提で理解され、空間構造の緩やかな双極子的な分極を伴う遷移のみが起こるとされます。(これを遷移の選択則と呼びます。)しかし近年、金属ナノギャップなどの特殊な構造で光電場をナノスケールに局在させ、この選択則を破って通常は吸収されない波長の光を分子に吸収させたり、また、従来にはない分子励起状態を創り出すことで新しい機構の波長変換を実現したりするなど、ナノ物質のミクロな状態を積極的に制御して新しい光機能を実現する試みが盛んになっています。
 一方、光はこのようなナノ物質のミクロな状態だけでなく、そのマクロな力学的運動も操ることが出来ます。光が物質に当たり、その運動量が物質に移る際に物質に力が働きます。また光の電場に強度分布があれば、これと、誘起された分極との相互作用によっても物質に力が働きます。このような光誘起力を用いて微小物質を捕捉したり、動かしたりする研究がなされてきましたが、特に最近、ナノ物質の電子状態遷移に共鳴する光による力を利用した、ナノ物質マニピュレーションが注目されはじめています。
 本集中ゼミでは、このように光によってナノ物質のミクロな運動からマクロな運動までを操り、新しい現象や機能を引き出す最新の研究例を紹介します。

◆世話人篠田(尚)による紹介文
 光は古今、様々な場面で利用されています。光を利用するものとして物性の測定がありますが、ラマン散乱を初めて測定したとき光源は太陽でした。今ではレーザー開発も進みフェムト秒レーザーによる物性の超高速過程の測定や半導体レーザーを利用した光通信など研究室や社会問わず様々な場面で光は利用されています。
 今後、光は超高速光信号などの信号技術や量子暗号通信などの新技術の鍵となりえ、そのような技術の実現には光と物質の相互作用をとおした応答や現象を制御する方法が不可欠となります。
 石原先生は光でナノ物質のミクロ状態の制御・マクロな運動を操り新たな応答や現象をデザインされています。それはフェムト秒オーダーの超高速応答、光マニピュレーションや光信号など様々です。先生はそのような次の時代のスタンダードとなりえるナノ物質の新規応答を理論と実験両方で研究されており、本集中ゼミではいまだ見たことのない光の応答や機能などまさに最新の研究を見ることができます。様々なことに利用できる光、そのおもしろさや素晴らしさを集中ゼミに参加し感じてください。
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2. 遷移金属化合物の強相関電子物性
 大串 研也 先生 (東北大学大学院理学研究科 物理学専攻)


 電子が凝集し相互作用する系は、強相関電子系と呼ばれている。強相関電子系では、しばしば対称性の破れやトポロジカル数で特徴づけられる量子秩序が生じ、巨視的なスケールで量子効果が発現する。超伝導・スピン液体・量子ホール効果は、その代表例である。量子秩序からの素励起は、位相欠陥・スピン波・エニオンなど、一般に電子の個別励起とは全く異なるものになる。量子秩序と素励起を解明することで、強相関電子系の物性を理解することができる。
強相関電子系としては、有機物・重い電子系・冷却原子など様々なものがあるが、一つの魅力的な物質群は遷移金属化合物である。その特徴として、①エネルギースケールが大きいこと、②電荷・スピン・軌道・副格子の内部自由度があること、③量子位相が内在すること、が挙げられる。これらの特徴により、高温超伝導(銅酸化物・鉄ニクタイド)、エキゾチック超伝導(ルテニウム酸化物・コバルト酸化物など)、巨大磁気抵抗効果(マンガン酸化物など)、新奇スピン秩序(銅酸化物・イリジウム酸化物など)などの新奇な強相関電子物性が発現する。
 本ゼミでは、全体像の概観・基礎の解説・最前線の紹介の3段階を通して、遷移金属化合物が示す強相関電子物性を議論する。研究を進める上では、理論と実験の連携が重要であることも伝えたい。

◆世話人鷲見による紹介文
 近年物理学も様々な分野が独自の発展を遂げており、複雑化の一途をたどっている。本集中ゼミが対象としている強相関電子系は、1986年の銅酸化物高温超伝導の発見を皮切りに、急速に発展した研究分野である。この分野では従来のバンド理論ではまじめに取り扱われなかった電子間相互作用が大きな役割を担っており、結果として様々な自由度や巨視的な量子現象が発現する舞台となっている。しかし、電子相関を代表とする多体効果は理論的な取り扱いや数値計算の処理上の問題で物性を正確に予言するのが難しく、一方で実験としては結晶の質の僅かな差によって物性が定性的に異なることも多い。このため理論と実験が互いに協力することが特に重要な分野の一つだと私は考えている。
 大串先生は東京大学工学部物理工学科で2000年に永長直人教授の元で修士号を、2004年に十倉好紀教授の元で博士号を取得しており、理論と実験の両方をバックグラウンドにもつ研究者である。化学、工学、地球惑星科学といった様々な分野の技術や知識を取り入れながら強相関物理の研究に挑むその姿が、我々物性若手夏の学校に参加する方々の20年後を考えるきっかけとなれば幸いである。
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3. KPZユニバーサリティクラス
 笹本 智弘 先生 (東京工業大学大学院 理工学研究科 物性物理学専攻)


 平衡系の統計力学においては、相転移・臨界現象は主要なテーマであり、その普遍性クラスについて基本的な理解が得られているが、非平衡系における同様な概念は確立しているとはいえない。しかし、界面成長を記述するモデル方程式であるKardar-Parisi-Zhang(KPZ)方程式を代表とするKPZユニバーサリティクラスに関しては、界面揺らぎの分布に対する厳密解などを用いて近年理解が急速に進展しつつある。

 本集中ゼミでは、KPZ方程式とユニバーサリティクラスについて、基本から最近の進展まで紹介する。離散モデルとの関係、ランダム行列理論との関係、高さ分布の厳密解、その初期条件依存性、数理的な進展、関連する話題等について解説する予定である。

◆世話人山口による紹介文
 飲み終わったコーヒーカップをしばらく放置しておいたら,カップの底にコーヒーがリング状にこびりついてしまった経験はありませんか?この現象はコーヒーリング効果と呼ばれていて,カップの底に残ったコーヒー懸濁液が蒸発する際にコーヒーの微粒子が懸濁液の縁に集まってリング状のパターンを作っているのです.コーヒーリングの形成はスケール不変な界面成長を示す代表例の1つです.コーヒーリングの形成に限らず,バクテリアのコロニー形成やがん細胞の成長等の異なる現象が同じスケール不変則を示すことが知られています,これらと同じ普遍的なスケール不変則を示す一連の現象やモデルのグループをKPZユニバーサリティクラスといいます.KPZユニバーサリティクラスは,近年発展著しい非平衡現象の中でも常に話題の中心にあります.

 この10年間で,KPZユニバーサリティクラスの物理は理論と実験の交差するところで展開され,急速に理解が進んできています.その理論側で多大な貢献を担っているのが笹本先生です.笹本先生は,2007年度には第1回Young Scientist Award in Statistical Physics,第2回物理学会領域11若手奨励賞を,昨年度には第18回久保亮五賞を受賞される等,いままさに非平衡統計力学の第一線で活躍されている研究者です.

 笹本先生には,近年発展著しいKPZユニバーサリティクラスについて基本からじっくりお話しいただく予定です.こんな機会なかなかありませんよ!コーヒーリング効果のように身近な現象の中にも,面白い物理があるのです.KPZの物理と数理の織りなす魅力にどっぷり浸ってみませんか?
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4. 固体中の電子の量子操作と計測
 樽茶 清悟 先生 (東京大学工学系研究科 物理工学専攻)


 本来量子状態は時空間で発展する位相で特徴付けられるもので、その振る舞いは、原子や光子など外乱を受けにくい量子系を中心に調べられてきた。一方、固体では、強い相互作用をもつ外部環境や粒子間の相互作用のために位相が乱れやすく、従来電気伝導における弱局在、揺らぎといった、干渉によって生じる非オーム的な補正項として観測されてきた。最近になって、様々な微細構造を用いて量子位相や相関を操作、計測する技術が開発され、これを基に、低次元系での量子相関や量子電子光学の研究、あるいは量子情報への応用が急速に進められている。例えば、量子ドットに閉じ込められた電子の電荷、スピンの位相や相互作用を電気的、光学的に制御、計測することにより、コヒーレンス、量子もつれの問題を直接取り扱えるようになり、また、空間的に伝搬する電子についても、干渉計を用いた位相発展の検出、もつれ電子対源、電子分離器を用いた量子もつれの非局所性に関する実験が始まっている。その他、超伝導体とナノ構造の接合によるクーパ対分離やトポロジカルな量子状態生成など、新しい方向性の研究が展開されている。本講演では、これらの話題を中心に、背景にある物理と研究動向について紹介する。

◆世話人平出による紹介文
 樽茶清吾先生には、上記のアブストラクトのような内容について講演していただく。テキストとして、次の固体物理の記事を使う。
樽茶清悟、大岩顕、山本倫久、電気制御電子スピンを用いた量子情報システムの現状と将来展望、固体物理 特集号、48巻、11号、557-573(2013)
ただし、固体物理の記事とまったく同じ話はせず、最近の進展など固体物理の記事を読んだ読者が参加しても面白いと思うものにしていただく。また、捕捉説明の文献として、山本倫久,高田真太郎,樽茶清悟、固体量子情報の長距離移送と量子電子光学実験への挑戦、日本物理学会誌、68巻、5号、288-295 (2013)を使う。これは、CiNii ( http://ci.nii.ac.jp/naid/110009612139 ) でダウンロードすることが出来る。
 アブストラクトまたは、上記の文献を読んで、興味を持った方はぜひ参加してください。
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5. 有機相転移トランジスタと強相関物性物理
 山本 浩史 先生 (分子科学研究所 電子物性研究部門)


 有機半導体を用いたエレクトロニクスは、印刷可能でフレキシブルな電子回路を提供出来るという実用面が主に注目されているが、それのみならず、基礎的な物性物理の新しい舞台にもなりうる可能性を有している。とりわけ電界効果トランジスタ(FET)は物質のフェルミ準位を直接制御することができるため、物性科学における重要性は非常に高い。フェルミ準位を上下させることによって金属-絶縁体転移や超伝導転移など、種々の相転移を起こすことが出来れば、これまで明らかになっていなかった物質系の相図を解明することも可能であろう。本集中ゼミでは、まず有機半導体や FET 技術の基礎と最近の研究動向を紹介した後、近年我々が研究を行っている「有機モット絶縁体」を用いた FETの挙動について紹介する。モット絶縁体は、強相関電子系と呼ばれる物質群のひとつで、固体中のキャリア間クーロン相互作用が十分に遮蔽されない状況で実現する特異な絶縁体状態である。有機分子で出来たモット絶縁体に対して電界効果をかけ、フェルミ準位を制御すると、「モット転移」や「超伝導転移」が誘起されることが最近明らかとなっている。また同様の原理を用いることによって、光による超伝導制御も現在は可能である。このような、有機 FET を用いた強相関物性物理によって何が明らかとなり、どのようなデバイスが出来るのか、基礎的なところから今後の展開まで、いくつかの話題を提供する予定である。

◆世話人白川による紹介文
 有機半導体ならびに有機導体の研究分野はこの60年の間に日本人も含めた多くの研究者の手により物理と化学の関わりの中で大きく発展を遂げました。応用分野においては電極への利用やディスプレイ、電子ペーパーなどに利用され、また、最近では基礎物性方面でも注目されています。
 山本先生は分子物性と有機エレクトロニクスを専門に研究されており、その経験から見えてくる物性の新たな側面を紹介していただきます。有機材料の持つ可能性に触れ、今後の研究に役立たていただければと思います。
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6. かたち・動き・成長の生物物理学
 和田 浩史 先生 (立命館大学大学院 理工学研究科)


 生物はじつに多様な形態と構造を持ち、多彩な動 きを示す。また生物のかたちはひとつにとどまることなく、「成長」を通じてその形態を複雑に変化させる。それらは、つまるところ、多数の超分子が協調的に集合して生み出される生命現象である。しかし同時に、これは力学的な現象でもある。巨視的なスケールから観察すると、生物は環境 の物理的条件に見事に適合した形態と運動を実現していることがわかる。すなわち、物理学の視点を通してみると、一見不思議にみえるかたちや動きが、ある意味きわめて「合目的的」であることが理解できる。これは大腸菌のような典型的な単細胞生物から、植物や動物のような高等生物にま で当てはまる、ひとつの普遍的なものの見方とも思える。このような視点を通じて「我々の住むこの世界、とくにマクロな生命世界、がどのように かたちづくられているのか」という問いに、物理学と数学の立場から答えを与えようとしたのがダーシー・トムソンであった。細菌から粘菌、植物までいくつかの具体例の研究を通じて、そのようなアプローチに基づく研究を紹介したいと思う。

◆世話人越智による紹介文
 自動車にはタイヤがついています。タイヤが四角ければうまく進まないでしょう。船にはスクリューがついています。スクリューに羽がなければうまく進まないでしょう。それぞれ、自分の環境と目的、支配的な物理法則に合わせたかたちをしています。これは工業製品だけではないでしょう。生物だって同じです。生物を物理の視点から見る。そして理解する。
 生物物理を学んでいる人はもちろん、普段は半導体やら、磁性体やら触ってて生物なんていつ以来だろうという方も世界を広げる良い機会を得られるはずです。和田浩史先生の集中ゼミに足を運んでみてください。
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