•講義
▌講義とは?
講義では、それぞれの専門分野で研究・教育の第一線で活躍しておられる先生方を講師に迎え、各分野の基礎的〜やや発展的な内容を話していただきます。
第一人者の先生方の考え方や物理観を学び、また授業やその休憩時間だけに留まらず、空いている時間、例えば懇談会中等を通じて「いつでも」コミュニケーションを取れる貴重な機会であり、講義というイベントの最大の魅力だと言えます。
自分の専門分野に近い先生の講義を受けるのもよいでしょうし、未知の分野に挑戦してみるのもまた面白いかと思います。このまたとないチャンスを、今後の研究生活のためにぜひ有効活用して下さい!
▌講義の形式
初日には講義プレビューの時間枠が設けられており、先生方一人一人に講義の内容を紹介していただきます。事前に配布されるアブストラクトや、講義プレビューでの内容等を踏まえ、参加者の方々には六つの講義の中から受けたい講義を一つ選んでいただく形になっています。
受講者レベルとしては、研究のスタートラインにある修士課程の学生を想定し、3日間の講義で、各分野の基礎的な知識から最新のトピックまでを紹介していただく予定です。講義は座学形式で、当日は長机と椅子が用意されます。途中に休憩を5〜10分程度の休憩を挟む予定です(講師の方次第で回数や時間は異なります)。
▌招待講演講師一覧 (五十音順、敬称略)
石原 照也 | 東北大学大学院理学研究科 物理学専攻 | メタマテリアルの世界 |
加藤 雄介 | 東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 | 超流動とボーズ・アインシュタイン凝縮: 長年の未解決な関係 |
古崎 昭 | 理化学研究所 物性理論研究室 | 低次元の強相関電子系: 朝永ラッティンジャー液体とその周辺の話題 |
松井 卓 | 九州大学大学院数理学研究院 | 量子スピン系におけるLieb-Robinson
bounds ~厳密統計力学入門~ |
松田 祐司 | 京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 | 非従来型超伝導 |
宮崎 州正 | 名古屋大学大学院理学研究科 | ガラス転移の統計物理学 |
石原 照也 先生 (東北大学大学院理学研究科 物理学専攻)
Maxwell方程式から得られる波動方程式を眺めると、誘電率と透磁率が同じ周波数で負であるような物質が存在すれば、その中を電磁波が伝搬することを容易に示すことができる。しかし光の周波数領域ではこれまでに知られている物質の比透磁率は極めて1に近い(磁気的な相互作用がない)ために、最近までこのような現象が実現されるとは思いもよらないことだった。それが世紀の変わり目に、波長より小さい人工構造をうまくデザインすることで、このような現象が実際に存在すること、そしてその物質の屈折率が負であるなど、風変わりな性質をもっていることがわかり、学際的な研究分野として急速に発展してきた。サブ波長構造によって、新奇な物性が発現するとき、このような構造体をメタマテリアルと呼ぶ。
今回の講義では、第一日目にメタマテリアルが注目される契機となった、負の屈折率の性質と実現、評価について講義する。第二日目はサブ波長構造のデザインによって生じる、興味深い波動伝搬と近接場の利用について議論する。第三日目は光物性を大きく制御できる系としてメタマテリアルを捉え、いくつかの例を紹介する。
発想の転換と、ナノ構造作製や電磁場シミュレーションといった、現代だからできる技術、の組み合わせによって、大きく世界が広がる楽しさを味わっていただけるような講義にしたいと考えている。
皆さんは「メタマテリアル」という物質をご存知でしょうか?
「メタマテリアル」とは日本語で「超越した物質」という意味で、電磁波の波長よりも小さいスケールの構造を与えることで屈折率を巧みに制御する人口物質のことです。負の屈折率を持つことに起因する新奇な光学応答が観測され、また回折限界を超えて原子や分子を直接観測できるスーパーレンズへの応用も期待されています。負の屈折率が実現されたのは2000年頃のことで近年研究が盛んな新しい分野です。
今回、そのような革新的物質を皆さんに知ってもらいたいと思い、メタマテリアル分野の最前線でご活躍さている石原照也先生をお呼びしました。講義はメタマテリアルの歴史から始まり、その興味深い性質と最先端の応用を解説していただきます。
メタマテリアルを専門とされている方ももちろんそうなのですが、幅広い分野の方々に興味を持っていただきたいと思っておりますので、分野を問わず皆さまのご参加お待ちしております。
加藤 雄介 先生 (東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻)
抵抗なしに流体がマクロな流れを生じうるとき、その流体を超流体といい、その状態を超流動状態と呼ぶ。抵抗(粘性)は多数の自由度を持つマクロな系の動力学につきまとう不可逆過程で生じるものであるから、散逸がないマクロな流れ、すなわち超流動現象はなかなかに非自明、かつ魅力的な現象である。そのためか、「極低温」で実現する現象(ヘリウム4超流動の転移温度は常圧で2.17K、冷却原子系超流動の温度は10^(-7)Kのオーダー)であるにも関わらず「熱い」論争が交わされてきた。1938年以来長らくヘリウム4が(ボース・アインシュタイン凝縮系では)唯一の超流動状態であったが、この20年弱の間、冷却原子系超流動(2000),エキシトンポラリトン系超流動(2009)が見出されている。また理論的アプローチも従来の量子多体論的なものから最近では非線形物理の手法も用いられており、実現する物質系、理論的枠組みの両面において超流動の研究は分野横断的になりつつある。
本講義ではまず超流動現象について紹介し、それらについて理解する上での量子凝縮系の基本的概念(素励起、位相欠陥)を導入したあと、Landau, Leggett, Muellerらの理論を紹介していく。その中で、多くの人が抱くであろう問題:
Q1.超流動とボース・アインシュタイン凝縮、ゲージ対称性の破れの関係
Q2.理想ボース気体は超流動体とみなすべきなのか?
Q3.超流動の臨界速度では何が起きているのか
Q4.固体は超流動を生じうるのか
について参加者の皆さんと理解を深めていきたい。
近年、超伝導に押されて(?)、超流動の影が薄まっていると聞きます。
超流動とは抵抗0の流れが維持されている状態のことです。抵抗0の流れが実現するのは、巨視的な数の粒子がボース・アインシュタイン凝縮を起こすからと考えられていますが、それは完全な答えではありません。例えば、ヘリウム4は絶対零度で全体が超流動状態になると言われていますが、そのときボース・アインシュタイン凝縮をしているのは全粒子の10%程度です。また、2次元ではボース・アインシュタイン凝縮は現実的には起きませんが(絶対零度のみで生じる)、超流動は生じる場合があります。では、超流動はボース・アインシュタイン凝縮とどのような関係で結ばれているのでしょうか。これは未だに理解されていません。
加藤先生は、「超流動とは何か」を長年研究され、超流動の不安定化機構に関して重要な仕事をされた方です。今回は、超流動を捉えるための基本的な内容からお話していただく予定であり、素朴な疑問も歓迎しているので、専門の方からそうでない方まで積極的に参加できる講義になっています。もともと超流動に興味がある方はもちろん、超伝導もしくはフェルミ系ばかり注目されてきた方もぜひ参加してください!
古崎 昭 先生 (理化学研究所)
我々の住んでいる世界は3次元空間である。固体中の電子も3次元の結晶中を運動しているが、結晶構造及び電子軌道の異方性によって、あるいはポテンシャル井戸を用いた閉じ込め効果によって、電子を実質的に0次元・1次元・2次元の空間に閉じ込めることができる。低次元電子系では電子間の斥力の効果がより重要になるので、3次元電子系とは定性的に異なる物理があらわれる。特に1次元系では、低エネルギー励起は集団的な密度波(ボゾン)で尽くされ、電子多体系は朝永ラッティンジャー液体とよばれる状態になる。朝永ラッティンジャー液体論は、(3次元系のフェルミ液体論に相当する)普遍的な低エネルギー有効理論である。
本講義では、線形のエネルギー分散をもった1次元フェルミ粒子系をボゾン場で書き直す方法(ボゾン化法)について説明し、それを用いて一次元量子スピン系や電子系を朝永ラッティンジャー液体として記述する。また、ボゾン化法の応用例(フェルミ端発散、近藤効果、量子不純物問題など)のいくつかについて議論する予定である。
1次元電子系の低エネルギーの性質は、いくつかの点で高次元系のそれと異なっています。例えば、高次元で成り立っていたフェルミ液体論的準粒子描像が1次元では破綻してしまいます。これは運動量分布関数がステップ関数的な跳びを持たず、異常なべき則を持つためです。そのため低エネルギーの1次元電子系は、フェルミ液体ではなく、朝永ラッティンジャー液体(TL液体)という別のクラスの量子液体と見なされます。TL液体の概念は、多くの1次元量子系の低エネルギーの性質を有効的に記述するという意味で、大変普遍的な概念であることが知られています。このように、1次元電子系を含む1次元量子多体系は、高次元にはない特徴的な性質を持っている点で大変興味深い多体系であると言えます。
実際の物質は3次元空間中に存在するので、1次元系は実在性のない理論的な想像物のように思われるかもしれません。しかし、今日では、実験技術の目覚ましい発展の結果として、擬似的1次元系や、強磁場下の2次元電子系(量子ホール系、端状態はギャップレスな1次元臨界系)を実際に作ることが可能になったので、1次元系は実在性を帯びた物理的な系としての地位を獲得しています。このことから、1次元量子多体系の研究は、理論家と実験家が交流を深めつつ、これからますます発展していくことでしょう。
古崎先生は物性物理学の最前線で活躍されている物性理論の先生です。講義では、1次元電子系を題材として、ボソン化法を用いた有効理論の構成法を解説していただく予定です。詳細はアブストラクトをご覧ください。理論研究をされている方のみならず、実験研究をされている方にも有意義であると思うので、是非多くの方々に参加していただきたく思います。
松井 卓 先生 (九州大学大学院数理学研究院)
格子上での量子力学の平衡状態,基底状態の性質を解析するための方法として「Lieb-Robinson Bounds」がある。厳密統計力学と呼ばれる分野の紹介,Lieb-RobinsonBounds に関連の結果の解説を行う。
(i) Ising 模型の相転移と強磁性 XXZ 模型の interface ground state :Ising 模型の相転移が無限遠の境界条件の影響として理解できることを説明し,強磁性 XXZ 模型でも同様に無限遠の境界条件を適当に選ぶと interface ground stateが現れることを示す。
(ii) Lieb-Robinson Bounds とは何か? :非相対論的場の量子論では光速の概念がないため,時刻 T = 0 で離れた領域に局在する量子論的な物理量どうしは,時間が経つと非可換になる。この非可換性の度合いを評価するのがLieb-Robinson の Bounds である。Lieb-Robinson の Boundsの応用を述べる。
(iii) 一次元系の Matrix Product State と entanglement entropy の area law :スペクトルギャップのある基底状態は一般化された Matrix Product State で表される事とハイゼンベルク模型の Haldane 予想の説明を行う。
(iv) 量子系の中心極限定理:スペクトルギャップのある基底状態あるいは臨界点から離れた平衡状態では,普遍的に局所物理量の揺らぎがボーズ場を定めることを示す。
Lieb-Robinsonの Bounds の参考文献としてはBruno Nachtergaele, Robert Simsの Much Ado About Something: Why Lieb-Robinson bounds are useful (arXiv:1102.0835) Lieb-Robinson Bounds in Quantum Many-Body Physics(arXiv:1004.2086) をあげておく。
Lieb-Robinson boundsとは、互いに異なる位置に局在した二つの物理量の時刻tにおける非可換性の上限です。これにより、非相対論的量子論において情報の伝わる速さの上限を与えることができます。近年、この概念は物性物理学や量子情報理論において重要な役割をになっています。例えば、高次元におけるLieb-Schultz-Mattisの定理などもLieb-Robinson boundsを用いて証明することができます。
松井先生は、量子スピン系の統計力学などを研究されている方です。物理の人向けに入門的に話してもらう予定なので、統計力学の数理や量子情報などに興味がある人はぜひ参加してください。
松田 祐司 先生 (京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻)
超伝導は2つの電子が対をつくり、ボーズアインシュタイン凝縮を起こすことによって生じる。従来の超伝導体では、電子格子相互作用を媒介とし た対形成により超伝導が発現すると考えられてきた。ここ4半世紀の間に、次々と電子格子相互作用とは異なる対形成機構を持つ非従来型超伝導体が発見されてい る。講義では、銅酸化物高温超伝導体、鉄系高温超伝導体、重い電子系化合物を中心に非従来型超伝導体の現状を紹介する。
超伝導は、発見から100年以上経過したが、未だに活発に研究されている分野です。1957年のBCS理論の発表によって、超伝導の研究は終結したと考えられていましたが、近年になりBCS理論では記述できない超伝導が発見され話題となっています。その代表が、重い電子系超伝導体と高温超伝導体です。これらの物質では、BCS理論で仮定されているs波以外の対称性を持つ超伝導が発現しているとされています。また、BCS理論ではクーパー対の重心が運動量を持たないと仮定されているのに対して、有限の運動量を持つFFLO超伝導も理論と実験の双方から研究されています。このように、BCS理論における仮定が破れた超伝導は、非従来型超伝導と呼ばれ、多くの理論家・実験家にとって魅力的な研究の舞台となっています。
この非従来型超伝導の研究を世界的にリードしているのが、松田先生です。これまでに、銅酸化物や鉄系超伝導体の超伝導対称性の決定などの成果を挙げられています。講義では、超伝導の基礎からはじめて、非従来型超伝導の研究の現状について、実際の最先端の研究の内容なども交えながらお話して頂く予定です。超伝導に興味のある方は、ぜひご参加ください。
宮崎 州正 先生 (名古屋大学大学院理学研究科)
ガラスとは、液体の分子がランダムに凍結してしまった状態のことだ。窓ガラスはその代表例だ。だが、「ランダムに凍結している」をガラスの定義とすれば、身の回りのものはたいていガラスと言えそうだ。はちみつも、ゼリーも、砂山も、たいていは分子(や構成粒子)がランダムな配置を保ったまま凍結したものである。道路の交通渋滞だって、自動車を構成分子に見立ててればガラスと言えるかもしれない。では、ガラスは固体だろうか、液体だろうか。ガラスは粘性が極端に大きい液体に過ぎないと考える人もいる。実際、ガラスは、液体を急冷して作ることは誰もが知っていることだ。ところが、液体の粘性を測ってみると、ある温度で発散しているように見える。つまり 、液体がランダムのまま本当に凍結して、液体でも結晶でもない状態があるように見えるのだ。これがガラス転移と呼ばれる現象だ。ところが、「転移」の名を冠しているのに、ガラス転移点近傍のランダムな分子配置のどこを眺めても、液体とそっくりでまったく区別がつかない。我々の眼が節穴だから見えないだけなのか。人類がより賢くなればランダムな配置の中に「秩序」を見つける日が来るのだろうか。そもそも真のガラスは本当に存在するのだろうか。こんな単純な問いに人類がいまだに何も答えることができないとは驚くべきことだ。
ガラス転移が物性物理学最大の未解決問題と呼ばれて久しいが、ソフトマター物理や情報統計力学なども巻き込みながら、最近めまぐるしく発展している。本講義では、ガラス転移物理学入門と称して、液体の非平衡物理学の初歩から最新の理論までを、スピングラスや粉体などの話題を含めながら、系統的に解説したい。
分子が規則的に並んだ結晶固体とランダムに配置している液体との間の相転移の理論は統計力学においてその黎明期から活発な研究の対象となり、確立されて久しいテーマとなっています。一方、液体を急速に冷却すると、分子がランダムな配置を持つ固体(ガラス)が得られることは有史以前から知られていますが、このガラス転移と呼ばれる過程の統計力学的な理解に向けた研究はここ最近に始まったばかりです。無秩序から秩序へという相転移の一般的なイメージはガラス転移にも適用できるのでしょうか?そもそもガラスは熱力学的な「相」なのでしょうか?このような基本的な問題にさえ未だ答えが得られていません。
宮崎先生はこのガラス転移の微視的理論の発展に多大な貢献をされてきた方です。講義では、モード結合理論やレプリカ法といった伝統的な統計力学的手法がどのようにガラス転移に応用されるのかを、粉体系のジャミング転移などの他の物理系との関係も視野に入れつつ基礎からお話をして頂く予定です。
多体効果が本質的な役割を果たすガラス転移という現象を通して、人間が多体系を「理解する」とはどういうことなのか、この機会に改めて考えてみるのも良いかもしれません。