53rd Condensed Matter Physics Summer School 2008

スピントロニクス理論の基礎

多々良源 准教授
首都大学東京 都市教養学部 理工学系物理コース

概要

現在のIT社会では、磁性を用いた大容量記憶媒体(ハードディスクなど)が不可欠です。 そうした媒体では記録は1ミクロン以下の小さい磁石の磁化の向きとして記録されますが、 この情報書きこみ操作には、実に1820年頃、まだ蒸気機関の時代に発見された古典的な電磁気の法則 (Ampereの法則)が用いられています。しかしこの古典的メカニズムでは高密度化には限界が予想され、 これを打開する可能性として全く新たな原理に基づく磁気情報操作が最近注目されています。 まず情報書き込み(磁石の制御)には、磁石と電子の持つ微小磁石(スピン)との間の強い量子力学的相互作用を用いる可能性があります(電流誘起磁化反転)。 情報読み取りに関しては、量子相対論的効果であるスピン軌道相互作用を利用して磁石の持つ磁気情報を直接電気信号に変換する可能性が最近明らかになってきました。 また、電流によりスピンの流れ(スピン流)を生成し、磁化を生み出すスピンホール効果などの現象も注目されています。

これらは物質のもつ特性を生かした新しい電流磁気現象で、物理現象として新しく、興味深いものです。 スピントロニクスは、スピンを利用したエレクトロニクスという意味ですが、そこではこうした効果の研究が進められています。 2007年のノーベル物理学賞の巨大磁気抵抗効果も広い意味でのスピントロニクスの成果の1つです。 この講義では、スピントロニクス理論について、その基本的な手法を中心に紹介します。

世話人からのメッセージ

私たちが生まれて数十年、この間にコンピュータの情報処理能力がいかに社会を発展させたかを、 皆さんまさに見てきたのではないでしょうか。しかし現在、コンピュータの技術を支えている半導体素子は高集積化、 高速化の限界に達しつつあり、数年以内に性能上昇が停滞すると言われています。 スピントロニクスは、電荷とスピンの情報を融合させることでその限界を越えてより高性能のデバイスを実現し得ると期待されている技術です。 そして基礎研究としてナノ磁性体の理論の重要性はますます増しています。

この講義では、ナノ磁性体を理論面から研究されている多々良源先生をお呼びしました。 多々良先生は平成17年に旧東京都立大学が改編されて発足した首都大学東京で准教授の任に着かれ、 平成18年には第10回久保亮五記念賞を受賞された新進気鋭のスピントロニクス研究者です。 今回、理論を一から講義していただけることになりました。どんな分野の方も、ぜひこの機会にスピントロニクスの物理に親しんでみてください。

聴講のみなさまへアンケート

多々良先生から、参加者の意見を取り入れてインタラクティブな授業にしたいとの ご希望があったため、この度アンケートを取ることになりました。
下記の講義の流れや 多々良先生のサイト をご覧になった上で、講義の中で力を入れてほしいと思うことを挙げてください。 テキスト等に書かれていないことで、多々良先生に聞きたいことなど素朴な疑問でもOKです。