53rd Condensed Matter Physics Summer School 2008

脳と情報の統計力学

岡田真人 教授
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻

概要

統計力学は,気体の分子の運動のようなミクロ記述とボイルシャルルの法則のようなマクロ記述とをつなぐ学問です. 統計力学を学ぶと,我々はミクロからマクロへつながる階層的な構造が自然界のいたるところに存在することを意識し, 従来の枠組みを超えて統計力学が活躍できるような気がしてきます.

脳では,百億以上の神経細胞の活動から,意識や感情が生じています. 0と1のビットがある種のルールに従って並ぶと,そのビット系列は画像や音声などの意味ある情報になります. 脳や情報にもミクロとマクロの階層性が存在して,これらを統計力学的に議論できそうです. その鍵はスピングラス・レプリカ法に代表されるランダムスピン系の統計力学にありました. ±1の二値状態を取るIsingスピンを脳の神経細胞活動や情報のビットに対応させることで, 統計力学は脳の神経回路モデルや情報・通信理論の難問を次々に解き明かしていきました.

ランダムスピン系の一つであるHopfieldモデルを出発点として,知覚や記憶のモデルを議論します. それを元に,サルが世界をどう見ているか,つまりサルの世界観を可視化した例を紹介し, Brain Machine Interfaceなどの脳科学の最前線を概説します. さらにこのモデルは,無線LANや携帯電話に用いられているパリティ検査符号やCDMAにも関係しています. この講義を通じて,皆さんが知っている統計力学が, 脳や情報という一見物理とは関係ないような分野で大活躍している姿を知ることができます.

世話人からのメッセージ

統計力学とその応用について一緒に学んでみませんか?
岡田先生は、わかりやすく説明をすることがうまいので、楽しみながら学べること間違いなしです!

先生は大学院修士では希土類化合物のX線光電子放出・光吸収スペクトルをアンダーソンモデルに基づき理論的に研究されていました。 修士修了後、三菱電機を経て、現在の研究テーマの一つである理論脳科学を勉強するために博士課程に入学されました。 そのきっかけの一つは、修士1年に夏学に参加した時のサブゼミで脳の話を聞かれたからだそうです。 そういった意味で、岡田先生にとって夏学はまさにターニングポイントだと思いました。 講義では、このあたりのいきさつもお話しいただけるとのことです。

また、現在の御専門は、今回お話しいただける脳科学・情報科学だけでなく、量子計算にもおよびます。 そして最近は、画像処理,コンピュータグラフィックスや可視化などの画像工学の研究もされています。 是非、この機会に楽しく統計力学を学びましょう!