集中ゼミ2アブストラクト
フェムト秒からアト秒へ 光で操る強相関電子ダイナミクス
岩井 伸一郎先生(東北大学)
近年の超短パルスレーザー技術の発展は, 電子温度の上昇に隠されていた物質の光励起の「内側」をもあらわにしつつある. わずか数フェムト秒(1フェムト秒=千兆分の1秒 )に集中した~V/Åにも及ぶ瞬時電場振幅は,「ペタ(千兆)ヘルツ」というとてつもない高周波数で駆動される新たな光エレクトロニクスを創成しつつある. こうした研究は, 主にバンド絶縁体やグラフェン, ナノ金属などで進められているが, 電子の多体効果が顕著な強相関電子系では, 一電子描像を超えた光強電場効果も予想される. 電子間クーロン反発のエネルギーが >1 eVであることを考えれば, こうした極短時間のアプローチが, 相関電子の本質に迫り, その潜在能力を活かすための突破口になる可能性も期待できる. 一般に, 光パルスの照射は瞬時に物質の電子温度を上昇させ, 強相関物質の特徴的な秩序状態を熱的に壊してしまう. 仮に電子温度が上昇する前に光電場の印加を完了したとすると何が見えてくるのだろう? この集中ゼミでは、超伝導体やディラック半金属, 量子スピン液体, 強誘電体など様々な強相関物質を舞台とする, 超短時間(電子間散乱時間の内側)の“無散乱タイムウインドウ”における電子ダイナミクスについて議論したい.
幾何学的位相とゲージ場
初貝 安弘先生(筑波大学)
電磁気学の点電荷は基本的ですが、点磁化(単磁極)は未だ観測されていません。しかし理論的には、その存在は何ら否定されるものではなく、ディラックによると素電荷と”素磁化”の積はプランク定数の整数倍に量子化するとされます。この量子化の起源はゲージ場としての電磁場が量子力学に従う波動関数にもたらす位相の幾何学的な拘束条件にあって、このような位相を広く幾何学的位相といいます。 最もよく知られた幾何学的位相は周期的な断熱過程に伴うベリー位相で対応するゲージ場をベリー接続といいます。このゲージ場は電磁場とは違って直接の観測量ではなく、量子論に限らず自然界に広く存在するにもかかわらずその意義が認識されていませんでした。このベリー接続で表されるザック位相やチャーン数も広義の幾何学的位相です。特に離散的な値しかとらない(量子化する)幾何学的位相は、近年広く興味を持たれているトポロジカル相のトポロジカル秩序変数として、系の境界で実験的に観測される局在状態の存在を予言します。この関係がバルクエッジ対応です。 講演では、最初にディラック単磁極とベリー接続についてわかりやすく説明します。その後、ベリー接続がバルクエッジ対応を通して支配する現象を広く紹介します。量子(スピン)ホール効果、フォトニック結晶や細胞で観測される一方向のみの流れ、ワイル半金属のフェルミアーク、エルニーニョ現象、等々がその例です。ベリー接続のディラック単磁極は、これら多様な現象すべての源泉で、バルクエッジ対応を通して自然界に広く実在するのです。
エッジ状態のダイナミクスとエニオン統計
橋坂 昌幸先生(東京大学)
バルク-エッジ対応により、エネルギーギャップを持つ2次元系のトポロジカル秩序は、試料端におけるギャップレスなエッジ励起の物理として表出する。一般に絶縁性のバルク物性を電気的に調べることは困難なため、2次元物質のトポロジカル秩序は、しばしばエッジ状態の輸送特性を通じて評価される。この手法の成功例は、典型的な2次元トポロジカル系である量子ホール系の様々な実験に見ることができる。例えば最近では、占有率 5/2分数量子ホール系に対する電荷および熱のエッジ輸送の測定により、5/2状態が非可換統計に従う準粒子(非可換エニオン)を持つことが確かめられている。一方で、エッジ状態はエネルギーギャップによって保護されていないため、クーロン相互作用や電荷散乱によって輸送特性が変化する。すなわち、エッジ状態の観測結果が常にバルクのトポロジカル秩序を直接反映するとは限らない。これは、2次元トポロジカル絶縁体のヘリカルエッジ状態を通常の電流測定で観測するのが容易でないことからも明らかである。エッジを通してバルクを見るためには、エッジ状態のダイナミクスを支配するメカニズムを知ることが不可欠なのである。この集中ゼミでは、量子ホール系で確立されてきたエッジ状態のダイナミクス研究を俯瞰し、いくつかの分数量子ホール状態について、そのトポロジカル秩序が実験でどのように明らかにされたかを解説する。さらに、エッジ状態のダイナミクス制御によるエニオンのブレーディング、そしてトポロジカル量子ビット実現の可能性について議論する。
植物のかたちと力学
山口 哲生先生(東京大学)
物質の機能は,多くの場合,そのかたちとの間に強い相関がある.この集中ゼミでは,植物を例にとり,構造と力学的性質について議論する.具体的には,
- 植物の葉,枝,幹(茎)の静的・動的力学特性
- 植物の根と土壌との力学的相互作用
- 木材の微細構造と力学的異方性
といった問題に対して,スレンダー構造,分岐構造,セル構造,粉体,静力学,振動・緩和,破壊などの視点から物理学的な特徴を述べ,生物学的,工学的,農学的な意義を紹介する.また,モデル実験系の構築,力学実験,可視化,理論モデル化,数値解析など,メカニズム解明のための統合的アプローチに関する解説を試みる.
3時間にわたる講演は,ぶっ続けだと講演者は疲れるし聴衆も飽きる.化学,物理学,機械工学,農学の分野で研究活動を行った経験を踏まえ,講演のところどころで「異分野でポジションを得る方法」「おいしい問題の見つけ方」「融合研究の重要性」について雑談する予定である.
アクティブマターとトポロジーと生命現象
川口 喬吾先生(東京大学)
分子集団から個体の群れ運動まで、多数の要素が集まって起こる非平衡現象は生物系の中に無数の例があるが、これらを統一的に理解することはほぼ不可能である。という諦めから出発しつつも、非平衡物理や統計物理から多少なりとも役立つ枠組みを引っ張ってこれないかと踏ん張るのも一つの研究姿勢であり、例えば昨今よく耳にするアクティブマターの物理に期待を寄せるのも無理なからぬことである。アクティブマターとは、自発運動する要素が寄り集まったときに生じるマクロな現象について調べる分野であるが、その対象例として鳥や魚の群れなどがよく引き合いに出されるものの、実際の生物の群れ現象の理解に役立てられている研究はかなり少ない。むしろ生物系が非平衡物理の実験場として果たしてきた役割は大きく、理論の実証やインスピレーションの源として生体物質を使った実験が貢献してきたというのが実態である。本講義では、これまでのアクティブマターと生命現象の接点における成功例について、トポロジーをキーワードにいくつか説明し、また今後の展望について話す。
物性物理と量子計算のための冷却原子入門
富田 隆文先生(分子科学研究所)
物性系の論文や講演の導入部で「こういった系は最近では冷却原子系で実現できるようになっている」といった文言を目にしたり耳にしたりしたことはないだろうか?人工量子系のなかでも量子多体系を扱うことができる冷却原子系は、物性物理の量子シミュレーションプラットフォームとして多様な研究が進められてきた。理想的な孤立量子系であるということが魅力であったはずの冷却原子系だったが、最近ではその高い制御性を活かして人工的に散逸や観測の効果を導入することで開放量子多体系の量子シミュレーションができることが明らかになり、この点でも注目が集まっている。さらに近年、冷却原子型量子コンピュータプラットフォームが、量子コンピュータハードウエアの有力候補として存在感を増してきているという。 本集中ゼミでは、冷却原子系とは何か?何ができて何ができないのか?物性物理や量子情報の道に足を踏み入れた私たち学生は、どこまで冷却原子系について知っておいた方がいいのか?冷却原子を用いた量子シミュレーション(特に開放量子多体系)と量子コンピュータ開発の両方に携わってきた実験屋の立場から、これらの疑問を解決したい。特に、冷却原子を用いた開放量子多体系の量子シミュレーション、そしてリュードベリ原子を用いたスピン系の量子シミュレーションと量子コンピューティングについて最新の研究を紹介するとともにその物理を理解することを目指す。