第68回 物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
小さきモノに
大きな夢を

講義

概要

物性若手夏の学校のメインイベントであり、第1回から連綿と続く企画です。

それぞれの専門分野において研究・教育の第一線で活躍されている先生方を講師に迎え、3時間×3日の長時間をかけて、基礎的な事項からやや発展的な内容をお話しいただきます。

専門分野に近い講義を受ける、未知の分野に挑戦してみる、複数人で役割分担しノートをシェアし合うなど自由な方法でお聞きください。

第68回講義招待講師一覧(敬称略)

分野 講師 所属 講義タイトル
A 小野
頌太
東北大学 金属材料研究所 准教授 2次元と3次元をつなぐ 計算物質科学入門
B 塩崎
京都大学 基礎物理学研究所 物質構造研究部門 助教 結晶対称性とトポロジカル絶縁体
C 北川
俊作
京都大学理学部固体量子物性研究室 准教授 核磁気共鳴を用いたスピン磁化率測定から見る超伝導
D 波多野
恭弘
大阪大学理学研究科 宇宙地球科学専攻 教授 ソフトマターの摩擦:ナノから地震まで
E 笹本
智弘
東京工業大学理学院物理学系 教授 非平衡多体系に見られるKPZ揺らぎとその普遍性
F 宇賀神
知紀
京都大学白眉センター 特定助教 非平衡/物性物理で探るブラックホールの内部構造

分野についてはこちらを参照してください。

講義アブストラクト

講義A 2次元と3次元をつなぐ 計算物質科学入門

小野 頌太 先生
東北大学

無期結晶構造データベース(Inorganic Crystal Structure Database, ICSD)には現在約27万種類もの物質が登録されており、さらに毎年1万種類程度の新たな物質がデータベースに追加され、「物質の多様化」が進行している(https://icsd.products.fiz-karlsruhe.de/)。近年では、物質のハミルトニアンを出発点とする「第一原理的な計算手法」を用いることで、実験的に合成されていない仮想物質の安定性や電子物性を予測することができるようになり、その多様化に拍車がかかっている。2004年には層状物質であるグラファイトから単層グラフェンが剥離できることが報告され、「原子層構造」が結晶構造の一つに加わった。現在では様々な原子層物質の安定構造が研究され、数千種類の原子層物質が層状物質から剥離できるとの予測がある。さらに近年では、非層状物質の原子層も知られており、3次元構造と2次元構造の安定性相関の解明が望まれている。
本講義では、計算物質科学の手法に基づく物質予測の方法とその適用例について学ぶ。はじめに、密度汎関数理論と密度汎関数摂動論に基づく第一原理計算の基礎を学び、また第一原理計算の仮想物質への適用(ベイン変形、格子力学)について考察し、実験をしないで理論的に安定な物質を予測するための計算手法を習得する。次に、様々な計算物質データベースについて概観し、その特徴を把握する。特に、原子層物質に関するデータベースの現状を概観し、既存のデータベースには登録されていない「非層状物質に対する原子層」の安定性について考察する。本講義を受講すれば「計算マテリアルデザイナー」になれる!?

講義B 結晶対称性とトポロジカル絶縁体

塩崎 謙 先生
京都大学

トポロジカル絶縁体・超伝導体は基底状態に縮退のないトポロジカル相の一種であり,特に,多体相互作用を含まない自由フェルミオン系でかつ並進対称性が存在する場合は,波数空間上のブロッホ波動関数のトポロジカルな分類によってトポロジカル相が特徴付けられる.本講義では,バンド理論のトポロジカルな側面について解説する.まず,Chern絶縁体,SSH模型,トポロジカル絶縁体など基本的な模型を導入し,波数空間におけるトポロジカル不変量の構成,及び非自明なトポロジカル不変量の物理的帰結を見る.続いて,結晶対称性の役割について解説する.現実の固体結晶は(磁気)空間群の対称性を有する.並進対称性も空間群対称性の一部であるが,空間群は,さらに(半端な)並進と点群変換を組み合わせた対称性を含む.実空間においては,鏡映,回転,空間反転など共型な対称性,及び,映進,螺旋など非共型な対称性によって始めて保護される,高次トポロジカル相と呼ばれるトポロジカル相が存在する.対応して,波数空間においては,結晶対称性由来のトポロジカル不変量が構成される.ある空間群に対して,どの程度異なるトポロジカル相が存在するか,トポロジカル不変量はどのように構成されるか,というそれぞれ実空間と波数空間における分類問題がある.本講義では,これらの分類問題を部分的に解決する網羅的かつ機械的な手法として,スペクトル系列の方法を紹介する.

講義C 核磁気共鳴を用いたスピン磁化率測定から見る超伝導

北川 俊作 先生
京都大学

核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance: NMR)は原子核を用いて電子状態を調べる測定手法である。大きな設備を必要とせず、電子状態や結晶構造などを微視的に調べることができることから、医療や生物、化学など広い分野で活用されている。固体物性の研究においてもNMRは重要な役割を果たしている。例えば、NMRスペクトルの形状からは磁気秩序状態などの秩序変数を同定することが可能である。また、核スピン-格子緩和率の測定を通じて磁気ゆらぎなど系の動的な性質の情報を得ることもできる。 NMRが物性研究で最も活躍する場の1つとして超伝導研究がある。超伝導の性質を調べるうえで、スピン磁化率の測定は重要であるが、通常の磁化測定ではマイスナー効果による大きな反磁性によって測定が困難である。一方、NMR測定では原子核と電子スピンとの強い結合によってスピン磁化率の測定が可能になる。NMR測定を用いることで、超伝導電子対(クーパー対)が一重項か三重項かの判別や、スピン磁化率の空間分布の情報を得ることが可能になる。また、スピン三重項超伝導体においては、スピンの自由度に起因して、磁場印加によって超伝導スピンが偏極することが理論的に提案されており、最近では実験でも観測に成功している。本講義では、NMRの原理や基礎的な内容を概説した後、超伝導研究への適用例について我々が最近行った実験結果を中心に紹介する。

講義D ソフトマターの摩擦:ナノから地震まで

波多野 恭弘 先生
大阪大学

物理学では「力」が根本的な役割を果たしています。本講義では私たちが日常的に体験している力として摩擦力を考えます。身近な力であるにも関わらず、実は私たちは摩擦についてそれほど多くを知っているわけではありません。例えば中学高校では「摩擦力には静止摩擦力と動摩擦力があって・・」というように学んだと思いますが、「静止摩擦力」という概念は実はそれほど厳密なものではなく、静止時間や計測方法や実験状況などに依存して変わってしまう複雑な力です。また、静止摩擦と動摩擦は不連続的ではなく、すべりとともに連続的に移り変わります。 本講義では、まず摩擦力に関する中高以来の皆さんの知識を最先端のものにアップデートします。その上で、物質の多様性に惑わされないよう摩擦力を統一的に理解する試みについて解説します。摩擦は固体間の界面に働くだけではなく、粉体など厚みがある物体にも働きますが、これらは同じように理解できるのでしょうか?ゴムなどの柔らかい物質の摩擦は、硬い物質の摩擦と何か違いがあるのでしょうか?摩擦は物体を滑らせる際に仕事が摩擦熱に変わる過程ですから典型的な非平衡現象ですが、非平衡統計力学や非平衡熱力学の観点から摩擦を理解できるでしょうか?地震は巨大スケールの摩擦現象ですが、実験室スケールでの摩擦現象からスケールをまたいで統計力学的に地震を理解できるでしょうか?

講義E 非平衡多体系に見られるKPZ揺らぎとその普遍性

笹本 智弘 先生
東京工業大学

1987年、Kardar, Parisi, Zhangの3人は、界面の成長を記述するランジュバン型方程式を導入した。このKPZ方程式は、当時多くの界面成長系で広く見られていた非ガウシアン揺らぎを見事に記述し、非平衡系における普遍クラスの代表例を与えることとなった(KPZ普遍クラス)。
90年代後半には研究の発展はひと段落したが、空間1次元の系に対しては、2000年頃から非対称排他過程(ASEP)など同じ普遍クラスに属する格子モデルに対する解析が進み、臨界指数のみならず揺らぎの普遍分布や定常時空2点相関関数に対する厳密解が得られ、その性質が精緻に理解できるようになった。さらに2010年にはKPZ方程式そのものに対する厳密解が得られたり、液晶乱流を用いた高精度の実験が行われた。
当初は界面成長のモデルとして導入されたKPZ方程式であったが、近年はその普遍的な揺らぎや相関が、界面成長とは全く関係の無い多くの非平衡多体系に見出され、関心を集めている。例えば、異常な熱輸送現象を示す非調和バネで繋がれた1次元鎖の音波モードの相関がKPZ系と同じ相関を示すと予想されている。これは時間発展がニュートンの運動方程式に従い確率的なものではないことを考えると、意外といえるだろう。さらに最近は、ランダムユニタリ時間発展や、ハイゼンベルグスピン鎖といった量子系の長時間における揺らぎや相関にも、KPZ普遍性が現れることが示唆されるなど、その適用範囲は当初の想定を大きく超えて広がっている。
本講義では、KPZ系の基本事項から始めて、普遍揺らぎと相関の詳細な性質、さらには種々の非平衡多体系に現れるKPZ普遍性について解説する。

講義F 非平衡/物性物理で探るブラックホールの内部構造

宇賀神 知紀 先生
京都大学

量子論を用いた解析によれば、ブラックホールはホーキング放射と呼ばれる、ほぼ(プランク分布に従う)熱的な放射を出して徐々に質量を失っていくことが知られている(ブラックホールの蒸発)。ではブラックホール内部に落ちた状態を、外部に出てきたホーキング放射から復元できるだろうか? 本講義ではこの問題を、(一般相対論、超弦理論のテクニックを用いずに)物性論、非平衡物理の知見を活用して解析することを主題とする。
ナイーブにブラックホール上の場の量子論を用いた解析では、ホーキング放射は完全に熱的である。従って内部に落ちていった状態を、外部から復元することは不可能という結論に至る。しかしこれは量子論のユニタリー性と矛盾する結果であり、何かが間違っている。この問題はブラックホールの情報喪失問題と呼ばれ、その発見からほぼ50年経った現在でも完全な解決には至っていない。AdS/CFT対応は反ドシッター空間(anti de Sitter : AdS)上の量子重力理論が、その境界における重力を含まない(特定の)場の量子論と等価になることを主張する。近年この対応を応用することで、AdSブラックホールの情報喪失問題を,その境界における物性論的なモデル(発見者の名前である Sachdev Yeおよび Kitaev をとってSYKモデルと呼ばれる)を用いて解析することが可能であることがわかってきた。実際この様な観点から、ブラックホールの内部の時空構造の正しい記述方法が理解されつつある。
本講義ではまず(一般相対論の知識は仮定せず)ブラックホールの物理の基礎の解説から始め、何故ブラックホール内部の構造を理解するために、物性論から派生したSYKモデルが有効であるのかを議論したい。その応用として、ブラックホールに落ちていった状態を復元する量子情報理論的なプロトコルを、SYKモデルにおいて解析する。