集中ゼミ1アブストラクト
高機能超短パルスファイバレーザー光源の開発と応用
西澤 典彦 先生(名古屋大学)
超短パルスファイバレーザーは,小型・安定・持ち運びが可能で,電源さえあればどこでも使用できる実用性に優れた超短パルスレーザー光源である.その安定性や実用性の高さから,光周波数コムの主要な光源の役割を担い,またバイオメディカル等への応用も進められている.
ファイバレーザーの研究は,希土類添加ファイバ増幅器の開発に伴って1980年代後半から初期の研究が進められてきた.その後,2000年頃に小型なモード同期ファイバレーザーが製品化され,大きな注目を集め,その後,飛躍的に研究・開発,そして製品化が進んできた.また,実用性の高いファイバレーザーの発展によって,超短パルス応用技術の進展が加速されてきた.ファイバレーザーは,現在では最も高い出力が得られるレーザーとなった.また,光ファイバから射出されるビームは空間的な特性や安定性にも優れており,レーザー加工でも主要なレーザーとしての役割を担っている.光計測の分野では2005年にノーベル物理学賞が授与された光周波数コム光源に,主要な光源として活用されている.最近,市場の拡大に伴い,ファイバレーザー用の特殊ファイバデバイスの開発も進み,また,可視域や中赤外域などの新しい波長帯の光源の開発も進められている. この集中ゼミでは,筆者が取り組んでいる高機能な超短パルスファイバレーザー光源について,その基礎から最近の研究状況までを,筆者の研究に加えて世界の状況も併せながら講演する.また,高機能超短パルスファイバレーザーのバイオイメージングや光周波数コムなどへの応用展開についても紹介する. 。
フロケ理論と光学応答:2準位量子系を例にして
池田 達彦先生(理化学研究所)
周期駆動系の物理が近年再び注目を集めている。高強度レーザーの進展により、原子・分子・物質を時間周期的に強く駆動することが可能になったことが一因である。このような系では複雑な非平衡現象が生じるが、背後には(近似的)時間周期性が存在する。このため、いわゆるフロケ理論による系統的な解析が可能であり、現象に対する深い洞察を得られる。また逆にこの理論を元にして新奇な物質制御を予言することもできる。この集中ゼミでは、フロケ理論の予備知識を一切仮定せず、この理論の構造と重要な概念(有効ハミルトニアン、擬エネルギー、マイクロモーション、動的対称性など)を、最もシンプルな2準位量子系を例に詳しく解説する。続いてこの理論に立脚して、フロケ・エンジニアリングや高次高調波発生などの非線形光学現象を概説する。最後に、時間周期性が厳密には成り立たない実際の実験にどのようにフロケ理論を適用するかを議論する。本集中ゼミでは量子系を中心に議論するが、フロケ理論は古典系にも適用可能なため、幅広い分野からの参加を歓迎する。
対称性で開拓する物性 -らせん磁性・スキルミオン・ホール効果-
車地 崇先生(東京大学)
物性物理の研究に出てくる物質は組成式や結晶構造が複雑でなんだかよくわからない。物質をパッと見てどんな物性を測ればいいのか予想出来たらカッコイイのにな。自分で物質をデザインしてすごい物性を出してみたいけど、種類が多くて何から始めたらいいのかわからない。こんなことでお困りの物性初心者のために対称性の観点で物性開拓を進めるノウハウを紹介する。ケーススタディとしてらせん磁性体・マルチフェロイクス・磁気スキルミオンやそれらから生じる物性として電気磁気効果・ホール効果などを取り上げ、対称性を基礎とした理解の一例を紹介する。新規物質開発を目指して物性研究をしてきた講師の経験で培った知恵を次世代の若手たちと共有して何かの刺激になれば幸いだ。(1)まずらせん磁性体という普通の強磁性や反強磁性とは違う磁性体について紹介する。対称性の破れとマルチフェロイック物性との密接な関係を解説する。(2)また磁気スキルミオンというスピンの渦巻き構造をとる磁性体を概観する。多彩なスピン構造と物性は対称性とトポロジーの違いから理解できることを見ていく。(3)これらを踏まえて実際に新規物質を探索する場合の、結晶の空間群と点群を基準とした候補物質の設計手順や結晶育成法の選び方について紹介する。(4)最後に異常物性を検知する手法として電気・熱ホール効果測定を解説する。これらのデータを解釈するときに注意すべき対称性の視点・盲点を議論する。
増殖している細胞のマクロ現象論とその破れ
姫岡 優介先生(東京大学)
「生きている」システムおいて広く成り立つ法則にはどのようなものがあるのだろうか。物理学が伝統的にターゲットとしてきた系とは異なり、生命システムは多種多様な構成要素が非線形に絡み合い、幅広い時間スケールが相互作用し、さらに千差万別の姿形を持つ、いわゆる「複雑系」の最たるものである。多様な生命システムに通底する法則を見出すことが、「システム生物学」や「普遍生物学」と呼ばれる若い学問領域が目指すもののひとつである。
本集中ゼミでは、増殖している単細胞微生物において成立する細胞のマクロ現象論的法則や、ミクロ状態の予測手法について概説する。具体的には、細胞の自己増殖能を担う分子の濃度が、多くの環境条件で細胞の成長速度と相関するという実験事実の紹介とその数理的な導出、最適化理論に基づいた細胞代謝状態の予測手法などを解説する。加えて、実験事実としては知られているが数理的な導出がまだ成功していない現象論的法則もいくつか紹介する。
最後に、上述したマクロ現象論が成立するためには細胞の「増えている」ことが極めて重要であるという理論研究を紹介し、細胞が増えてない状態ではこれらの法則がどのように破れるのかを解説する。細胞が増殖を止めた「休眠相」や死にゆく「死滅相」で実験的に見つかった法則についても、時間の許す限り議論したい。
非晶質固体系の物理学入門
川﨑 猛史先生(名古屋大学)
非晶質固体とは,液体のように粒子構造が乱れたままダイナミクスが凍結した広義の固体と定義される.その中で,原子・分子・コロイドなど,熱運動する粒子系における非晶質固体を(構造)ガラスという.液体からガラスへの状態遷移であるガラス転移現象は,一見顕著な構造変化がみられないのにも関わらず,急激な緩和のスローダウンが観測されるもので,その転移機構は明らかとされていない.非晶質固体は必ずしも熱的な系にとどまらず,非熱的な粉体系や自己駆動する細胞集団系などもその部類に当てはまる.このような系においては,ガラス転移と類似したジャミング転移と呼ばれる非平衡相転移現象が広くに観測される.ガラス転移とジャミング転移は混同されることが多かったが,現在では質的に異なるものであることが明らかとなっている.加えて,これらの系に大変形を加えると降伏が起こり粒子が流動するようになる.ここでは粒子軌道の可逆性や応力などミクロ・マクロな量に,相転移としての振る舞いが観測され,非晶質固体の性質を理解する上で重要である.このように,非晶質固体系には,ガラス転移,ジャミング転移,降伏転移,可逆・不可逆転移といった【転移】の名を冠した現象が多く存在し,物理学の観点から研究が活発に行われていることが分かる.本集中ゼミでは,非晶質固体研究に必要な液体論や非平衡統計力学の基礎を導入し,その後,近年の研究の進展について整理・概観する.
開放量子多体系の非平衡統計力学
濱崎 立資先生(理化学研究所)
平衡状態から遠く離れた系における統計力学の解明は、多彩な非平衡現象の統一的理解のために不可欠な未解決問題である。近年、冷却原子系をはじめとする人工量子系を用いて、量子多体系の非平衡状態を観測・制御する技術が発展した。これに触発され、ミクロな量子力学から非平衡統計力学を解明しようとする機運が高まっている。特に最近では、外界からの散逸を制御したり、所望の測定を行なったりすることさえも可能になっており、こうした開放量子多体系の非平衡ダイナミクスに関する研究が理論・実験両面で盛んになされている。
このような背景のもと、本集中ゼミでは、開放量子多体系の非平衡統計力学に関する基本的な事項と最近の進展について述べる。まず、測定下における量子多体系を実効的に記述する方程式(CPTP写像やLindblad方程式)を導出する。次に、これらの方程式に現れる超演算子をスペクトル分解し、得られる固有値や固有モードの意味を解説する。さらに、こうしたスペクトル分解により、緩和の時間スケールや量子コヒーレンスのダイナミクス、開放量子多体系における「量子カオス」などを議論できることを、最近の我々の研究も交えながら紹介する。時間があれば、測定結果に応じた開放量子系の記述、例えば非エルミートダイナミクスや量子トラジェクトリーのダイナミクスについても、近年の発展を踏まえつつ紹介したい。