•集中ゼミ2アブストラクト



1. マクロとミクロ測定から見る圧力誘起量子相転移
 小手川 恒 先生 (神戸大学大学院理学研究科物理学専攻)


 物性物理の分野では物質中の状態を観測し評価するために数多くの実験手法が存在し,それぞれに長所や短所も存在する。それら複数の手法による実験データを包括的に検証することは,その物性理解のためには欠かせない。この集中ゼミでは圧力下における超伝導などの量子相転移現象を対象とし,電気抵抗などのマクロ測定と,ミクロ測定であるNMR(核磁気共鳴)の実験データを対比させながら,その物性理解への道筋を紹介したい。
 一つ目の例として圧力誘起超伝導体CrAsを挙げる。CrAsは古くから知られたヘリカル磁性体であるが,近年圧力下で磁気秩序相が消失し2.2 Kの超伝導を示すことが明らかになった磁気的なCr系物質としては初めての超伝導体である。電気抵抗測定からは,ヘリカル相への磁気転移がヒステリシスを伴う1次相転移であること,超伝導が出現する領域ではフェルミ液体的な振舞いから逸脱することなどが分かる。ミクロ測定であるNMR測定を用いることによって,Asサイトにおける内部磁場の温度・圧力依存性や磁気揺らぎ,また超伝導の対称性に関する情報を得ることが出来る。それらを総括することで超伝導が出現する背景を良く理解することが出来る。
 ゼミでは他の物質の測定例や,インデンター型圧力セルを用いたNMR測定の詳細などについても紹介したい。

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2.増殖過程の統計物理的構造
 小林 徹也 先生 (東京大学生産技術研究所)


一般の物理系と異なり、細胞や個体などの生物集団は、自己の状態を変異させ、また自身の複製を生成することで増殖をすることができる。この変異と増殖のダイナミクスは生命進化を司る基本過程であり、その理解は非生物系と生物系の共通構造および本質的な差異を解明するためにも必須である。また、生物系は積極的に環境の情報を内部に取り込みそれを処理することにより、集団としての適応度(増殖率)を制御することができる。適応度と情報の関係を理解することは、我々の脳のような高度な情報処理機構が進化の過程でどのように選択されてきたのかを明らかにするためにも重要である。

この問題に関し、本発表では増殖過程の有する数理構造に着目する。具体的には、増殖ダイナミクスの経路積分表現とそれに伴う遡及的表現を導入することにより、増殖過程に内在する統計物理的構造を明らかにする。この構造を用いることにより、確率熱力学と同様に、増殖集団の適応度などのマクロな諸量に成り立つゆらぎ関係を示す。また、この表現を活用することで、適応度と情報に成り立つ交換関係を、統一的に明らかにする。これらの生物学的な意義を議論するとともに、進化の問題への他の物理的アプローチの可能性についても言及をする。

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3. 非平衡電流ゆらぎでみる量子ドットの電子多体効果
 阪野 塁 先生 (東京大学物性研究所)


 導体を流れる電流を観測すると、どんなに理想的な実験を行ったとしても電流は揺らいでノイズを持つことがある。よく知られた電流の揺らぎの原因に熱揺らぎがあるが、これが抑えられる絶対零度でも、電荷の離散性が顕著になると(ポアソン過程による電流生成)、電流は揺らぐ。このノイズは電流の観測にとってネガティブなものではなく、その統計性により、電流ノイズと平均電流の比が、電流によって運ばれる状態の有効電荷という非常強い情報を与えることが知られている。興味深いことに、この顕著な性質を利用することで、電子が多体状態を形成した系では、非自明な電荷が直接的に観測することができる。例えば、分数量子ホール系の分数電荷の観測や超伝導接合系のクーパー対電荷(倍電荷)はもう十数年以上前に、電流ノイズを用いて直接的に観測された。
 本講演ではもう一つの典型的な電子の多体効果である近藤効果による量子ドット系の非平衡電流の電流ノイズと有効電荷について理論的に解説する。近藤効果の低エネルギーの状態はランダウのフェルミ流体を拡張した局所フェルミ流体で記述され、摂動計算と繰り込みの考え方を組み合わせることで、厳密に解析が可能である。この手法を用いて、近藤効果による多体状態の形成と電流ノイズの増幅を理解することを目標とする。
 電流揺らぎの取り扱い方法として完全計数統計、非平衡状態の取り扱い方法としてのケルディシュグリーン関数を簡単に解説する。簡単なメゾスコピック・デバイスの電流ノイズの性質を見たうえで、近藤効果による電流ノイズと有効電荷状態の形成について解説する。最後に最近の実験結果の紹介と、発展について簡単にお話する。

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4. フラストレートした量子多体系
 堀田 知佐 先生 (東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻)


 物性は, 物質中のマクロな数の電子が量子力学と統計力学に従った帰結である。各々の電子は, 電荷およびスピン自由度をもち,結晶が作り出す規則的な格子の上でこれらの自由度が相互作用し連動する~これが多体効果である。通常の系は, 多体効果によって, およそ相互作用の強さと同程度のオーダーの温度で相転移を起こし, 秩序化する。金属絶縁体転移, 強磁性,反強磁性秩序化 などがその典型例である。ところが, ある限られた物質系では, 極低温になっても何もおこらないという奇妙な現象が見られる。これは,理論の上では, 絶対零度まで到達してもマクロな数の状態が縮退し, 巨大な残留エントロピーが残る~つまり熱力学第三法則が破れる異常事態である。このような状況が起こる機構は, フラストレート系と呼ばれる一連の系で比較的 平易に理解することができる
 一般に, 「秩序状態」は相互作用エネルギーが最小の状態である。これに対してフラストレート系とは, 局所的な相互作用エネルギー同士が競合し,それらすべて同時に最小化することができない系である。言い替えると互いに少しずつ我慢しあわないと全体のエネルギーが下がらない状況が生じ,マクロな数の状態が競合しあうため 巨大なエントロピーが残る。低温では, このフラストレート系特有の強い多体効果に 量子効果が加わって, スピン液体, order bydisorderなど多彩でエキゾチックな物性が出現する。フラストレート系は, 現実に物質系で実現しうる系として多くの実験グループが興味を持ってアタックする系であると同時に,理論的にも量子多体問題を基礎から学び, 新しい物理を探求する格好の舞台である。  

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5. 量子多体系における量子もつれとエネルギーの関係性
 堀田 昌寛 先生 (東北大学理学部素粒子・宇宙理論グループ)


量子もつれは、量子計算などの多様な量子情報処理における資源として広く認知されるようになった。しかし量子もつれを生成制御することについては、現在でも技術的には難しい側面も残っている。一方、相互作用をしている量子多体系の基底状態では、多くの場合に様々な量子もつれが自発的に発生する。従って系を低温に冷やすだけで、量子もつれを生み出すことが原理的に可能である。このため低温量子多体系の量子もつれの研究には、応用面からも興味が集まっている。基底状態は定義により最低エネルギー状態であるため、その量子もつれと励起エネルギーの間には非自明な関係性が現れる。その一例が量子エネルギーテレポーテーション(QET)での、量子もつれと転送エネルギーの様々な関係式である。QETとは、もつれた基底状態にある多体系の2つの部分系の間で、操作論的な意味でのエネルギー輸送を、局所的操作と古典通信だけで達成する量子プロトコルである。また基底状態の量子もつれ構造は、有限温度領域においても局所的操作によるエネルギー抽出量に強い影響を与えることが分かっている。通常のエネルギー輸送時間よりずっと短い時間で行われる部分系の局所的操作によって、熱平衡状態にある多体系内部の熱エネルギーを外部に取り出すことを考える。もしその部分系とそれ以外の部分系の間の基底状態の量子もつれが、そのシュミット分解において最大ランク構造を持てば、ある閾値温度が存在し、それ以下の温度では決して熱エネルギーは局所的に取り出せないという局所強受動性(strong local passivity)という性質が成り立つ。集中ゼミは、これらを理解することを主な目的とし、そのために必要な量子測定理論の短いレビューも初めに与える。  

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6. 可解量子スピン鎖と場の理論:散乱行列から共形不変性まで
 松井 千尋 先生 (東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻)


 量子力学における大きな目標の一つとして、ハミルトニアンの対角化が挙げられます。一般に量子系のハミルトニアンの対角化は困難ですが、量子スピン鎖は比較的単純なハミルトニアンを持ち、転送行列の方法やボゾン化法を用いて厳密な解析が行われてきました。
 中でも、可積分な量子スピン鎖では系における多体散乱が二体弾性散乱で記述できるため、相関関数を詳細に調べることができます。この性質は、系が持つ対称性 に起因します。本講演では、可積分量子スピン鎖が持つ対称性を用いたハミルトニアンの対角化についてお話ししたいと思います。
又、 転送行列の連続極限(スケーリング極限)から量子スピン鎖の低エネルギー領域を記述する有効場の理論を得る方法を論の性質によって、有効場理論はユニーバ サリティクラスに分類されます。可積分スピン鎖の対称性を用いて有効場理論をユニバーサリティクラスへ分類する方法についても触れたいと思います。

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