•集中ゼミ1アブストラクト



1. 知的情報処理の統計力学〜機械学習を始めてみよう
 大関 真之 先生 (京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻)


「大関さん、カンニングで新聞に載っていましたよ.」
まるで犯人扱いである.
「ベトナムのカンニング事情についてお聞かせください.」,br> 私はカンニングの専門家でもなんでもない.即座にお断りをせざるを得なかった.

京都大学がカンニングの検出技術を開発した、というニュースを聞いたことのある人もいるかもしれない.その話題になった研究は、ボルツマン機械学習に関するものだ.
ボルツマンってえとあの統計力学の?
そう統計力学の知見が、機械学習という今話題の分野で使われているのだ。
そしてまた統計力学とは異なる視点で発展しているのだ。

もともと僕自身は、スピングラス、とりわけ量子情報の誤り訂正符号との関係性に興味を持ち、理論的な解析研究の中でもハードな分野に浸かっていた.
そんなところから研究者人生を歩み始めたのだが、流れ流れて、情報統計力学はたまた機械学習と呼ばれる分野に片足を突っ込んでいる.
流行りものだから手を出している?
そうではない、単に面白いという感性のみを信じて今ここにいる.
面白いなと思うことを自由にやりたいから研究者を目指したのではないか?
入った研究室が、とか、先輩のやっている研究が、とか、
物理たるものこういうものとか考えすぎじゃないか?
実はここで学ぶ方法論が、先鋭化されすぎて分野間の垣根を乗り越えることが難しくなってきた科学を救うとしたらどうだろうか?
お互い異なる分野を自由に行き来するために夏の学校があるとしたら、
物理そのものを外から眺めるのもいいのではないでしょうか?

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2.ミクロとマクロの時間発展をつなぐ数学 -流体力学極限-
 佐々田 槙子 先生 (東京大学大学院数理科学研究科)


 原子や分子の運動を記述するミクロな世界の時間発展法則と、流体や気体、熱などの拡散や輸送といったマクロな世界の時間発展を記述する偏微分方程式の間にはどのようなつながりがあるのでしょうか?この関係を、確率論の手法を用いて厳密に明らかにするのが、流体力学極限と呼ばれる時空間変数に対するスケール極限の手法です。

 流体力学極限は、ミクロな系を与えるランダムな大規模相互作用粒子系から、決定論的な発展方程式を導出する、大数の法則の一種です。これに付随する中心極限定理や大偏差原理も自然に考察することができ、これらは統計物理における散逸揺動定理や大偏差関数の厳密な基礎付けを与えます。

 流体力学極限の理論は、20年ほど前に、系のエントロピーの時間発展を調べるという普遍的な手法が生み出されたことで大きく発展してきました。その後、これまで多くの興味深いモデルに関して「ミクロな系の相互作用が、マクロな系の時間発展をどのように規定するのか」という非常に基本的な問いに、答え続けています。

 本講演では、流体力学極限の基本的な考え方や、重要なモデルに対する結果を紹介します。また、最近の話題として、古典力学系への流体力学極限の応用や、異常拡散のミクロな相互作用粒子系からの導出などについても述べる予定です。これらのテーマは、今後大きな発展が期待されますので、学生の皆さんにぜひ興味を持って取り組んでもらいたいと思います。

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3. 量子動力学シミュレーション入門 ~量子ウォークを例にして~
 鹿野 豊 先生 (分子科学研究所)


動的な物理現象への理解に向けた取り組みは、個々の豊かな物性現象を調べるだけではなく、数学的なトイモデルの性質を活かしたトップダウン的アプローチも試みられている。中でも量子現象の動的な性質は理論的には干渉効果をきちんと議論しなければならず、実験的には量子現象だけを純粋に取り出すことが極めて難しい。本ゼミでは、量子動力学現象を記述するための道具であ る「量子ウォーク」に関して、その理論的性質と実験による実装方法とその困難さに関して解説を行う。量子ウォークとは名前が示す通り、物理現象を説明する道具として使われているランダムウォークを量子力学の公理系の中で定義しようとした際に自然に定義されるものである。だがしかし、シンプルな定義からでは一見想像できないような多彩なダイナミクスを模写することが出来る。Schroedinger方程式、Dirac 方程式やKlein-Gordon 方程式をトイモデルから統一的に理解することが出来るという点において、「量子動力学シミュレーション」と呼ぶ。また、近年の実験技術の飛躍的な向上により、数学的なトイモデルとして扱われてきた量子ウォークが中性原子・イオン・光の物理系において実装可能となり、量子効果を巧みに組合わせた実験系を構築することで量子情報科学や多体系量子論の問題へのアプローチも試みられている。本ゼミで、量子ウォークの定義から始め、その奥深い世界観を感じてもらえたらと思っている。

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4. 生命現象における非平衡揺らぎとその応用
 鳥谷部 祥一 先生 (東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻)


ナノメートルからマイクロメートルのスケールで動く生体分子モーターや細胞は,熱揺らぎや分子の少数性のために必然的に揺らぐ.揺らぎというとやっかいなイメージがあるが,細胞や分子機械は揺らぎを積極的に利用することで,その活動に役立ていているようだ.また,揺らぎにはシステムに関する有用な情報が含まれている.「揺らぎかた」を測定することで,平均では見えてこないシステムの性質が分かってくる.昨今,揺らぎの定理やJarzynski等式などに代表されるユニバーサルな対称性が非平衡揺らぎの中に見つかっている.理論として大きな成果であるだけでなく,これらの関係式は,揺らぎから情報を引き出す新しい方法論を可能にした.本ゼミでは,揺らぎから情報を引き出す方法論について,実験の立場から基礎的な事項を説明する.特に,生体高分子,分子モーター,そして細胞の実験例を参考にしながら解説する.生命科学に関する知識は前提としない.

また,揺らぎからは少し離れるが,生命の起源を題材とした最近の研究について説明したいと考えている.  

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5. テンソルネットワーク形式と、その応用
― イジングモデルを中心に ―
 西野 友年 先生 (神戸大学理学研究科物理学専攻)


 テンソルネットワーク形式とは、量子力学や場の理論で目にする作用積分や伝播関数、あるいは統計力学の要である分配関数を、局所的な重率を表すテンソルの縮約で表現しようとする理論形式だ。興味深いことに、2次元イジングモデルは、それ自身が既にテンソルネットワークなのである。その分配関数を変分評価する、Kramers-Wannier 近似では、テンソルネットワークの最も単純な例である、行列積状態が既に導入されている。この変分形式は、後に Baxter によって角転送行列の手法として整備された。ここまでの、非常にゆっくりとした進展は、一部の統計力学研究者のみが知るものであった。一方で、White の提唱した密度行列繰り込み群 (DMRG) は行列積を試行関数とする、量子系の変分形式として提唱された。その精密な基底エネルギー評価は注目を浴び、計算物理学の強力な手法の一つとして、急速に応用が広まった。行列積状態の高次元化は、統計力学分野ではテンソル積状態 (TPS)、量子力学分野では PEPS の名前でそれぞれ提唱され、今日の応用へと発展して来た。最も重要な進展である、テンソルネットワーク繰り込み (TNR) では、量子エントロピーとエンタングルメントという、量子情報的な観点から、局所的なテンソルの最適化が考えられた。その結果として、臨界系の長距離相関が非常に精密に求められるようになったのだ。ここに至るまでの経緯を、イジグモデルを中心に、わかり易く解説したい。  

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6. 量子スピン系のマテリアルデザイン
 山口 博則 先生 (大阪府立大学大学院理学系研究科
物理科学専攻)


 局在した電子スピンから成る磁性体においては、スピンどうしの繋がり方がその磁気的な性質に強く反映される。さらに特定の条件下では、スピンが本来備えている量子性が顕著に現れて、磁化の量子化に代表されるようなマクロな量子現象が出現する。そのような磁性体は量子スピン系と呼ばれており、いわゆるハルデン鎖などの一次元スピンモデルが典型例である。近年では、磁気相関の競合によるフラストレーションの効果によって、一次元系に限らず多次元的なスピンモデルにおいても、量子的な状態が形成されることが明らかになってきた。一方で、様々な新奇量子状態の発現が理論的に提唱されているものの、実験的な検証が追随できていない。新たなスピンモデル実現に向けた量子スピン系のマテリアルデザインに期待が寄せられている。
 今日までの磁性研究は、遷移金属元素や希土類元素から成る無機磁性体が主流となって発展を遂げてきた。無機磁性体は元素が構成ユニットであるため組合せの制限により、多くの物質を作り出すことは非常に困難である。一方で、分子をユニットとする有機物では、数100万種類にも及ぶ膨大な数の分子が合成されており、それらを活用した磁性体の開発が切望されてきた。本集中ゼミでは、基礎編として量子スピン系研究と有機物を用いたマテリアルデザインのこれまでと現状を紹介する。その発展編として、有機物の設計性と多様性を効果的に取り込んだ新しいタイプの有機磁性体と、それによって実現した多彩な量子状態に関する最新の研究を紹介したい。

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