物理学は人類が現在までに手に入れた最も精密な科学とされている。 実際その予測能力は他のあらゆる論理体系を凌駕している。 そのことから物理学とは我々の主観とは無関係な、客観的世界を記述する学問であるとの見方が大勢を占めているようである。 しかし、物理学はその最も基本的なところで、日本人の文化に馴染まない側面をもっている。 それは、この世界が全過去も全未来も現在の状態ですでに決まっている決定論的で可逆な世界であるという主張である。 この主張は実はユダヤ・キリスト教の一神教に基づいた世界観から出て来たものであり、 物理学とはまさにその世界観の論理的数学的具現化なのである。 しかし、近年のカオスや散逸構造などの理論の目覚ましい発展は、 この静的決定論的な把握のあり方に強力な反省を迫ってきている。 本質的に複雑系よりなる現実の世界では、物理法則の最も基本的なレベルといえども動的非決定論的ではないかと。 人類は今、前世紀の量子力学の誕生にも匹敵する知的革命期に突入している。 この世界を無常、すなわち本質的に変化するものと動的にとらえ、多神教的多様性を当然なものとし、 また、この世界を自然(自ら然りと自然体で自発的に存在するもの)ととらえて来た日本人の世界観は、 複雑系の科学を構築するというこの革命期に決定的役割を演じられるものと信じる。
この講義では、Prigogine(1977年ノーベル賞受賞)と筆者等が近年築き上げて来た、 汎関数をも取り込んだ拡張された関数空間での、 リウビル演算子の複素スペクトル表示に基づいた非平衡統計力学の基礎論を紹介し、 その応用例として、久保公式の長距離相関から来る赤外発散の問題や、 低次元量子ナノ細線等のミニバンド内での励起電子の異常減衰の問題等を論じる。講義は日本語で行う。
We discuss the role of non-integrablity in dynamical systems due to Poincare's resonance in the irreversible process. The existence of extensive quantities in the thermodynamic limit requires that the distribution function which describes the system cannot lie within the Hilbert space. As a result, the Liouville operator (a symmetric operator) may have complex eigenvalues without contradicting mathematics. The imaginary part of the eigenvalue breaks time-symmetry. In other words, irreversibility is a rigorous property of dynamical systems in the thermodynamic limit, not a result of anthropomorphic operation, such as the coarse-graining approximation due to a limitation of our ability to control systems. We apply complex spectral analysis to determine interesting effects in several problems, such as the infrared divergence due to the long-range correlation in Green-Kubo formulae in moderately dense classical gases, as well as the anomalous decay rate of an excited electron in a donor impurity to the energy mini-band in a supperlattice in a quantum nano-wire.
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