集中ゼミ1アブストラクト一覧

強は異なり:電磁場と物質の超強結合による超放射相転移に向けて

馬場 基彰 先生 (科学技術振興機構)

「多は異なり(More is Different)」という言葉があるように,個々の粒子の性質だけでなく,粒子や 自由度が多数(More)あることによって初めて現れる多彩な(Different)現象が物性物理学,特に 凝縮系物質の研究で探求される.一方,光科学の研究では,物質の自由度の多さよりも,物質に 照射する電磁波の強度,線幅,量子ゆらぎなどの制御により,多彩なダイナミクスの観測・発現・制 御が探求される.近年,この光科学から発展し,電磁場と物質の相互作用を「超強結合」と呼ばれ る領域まで強くすることによって,多彩な現象を発現しようとする研究が進んでいる.今回は特に, 熱平衡下において電磁場と電磁気分極が自発的に静的な期待値を獲得する「超放射相転移」と 呼ばれる現象を中心に解説する.

本ゼミでは,Lorentz 力を感じる荷電粒子の Newton 運動方程式,および荷電粒子の運動を感じ る電磁場に対する Maxwell 方程式から出発し,電磁場と荷電粒子とが相互作用する系の Hamiltonian を導く.そして,電磁波照射下での荷電粒子の運動を古典論的・量子論的に記述し, その荷電粒子の運動による誘電率(電磁波の古典的振舞い)の変調を見る.さらに,電磁場を量子 化し,量子光学における光子と粒子のダイナミクスの典型的な表現法,またその際に用いられる近 似を説明する.その後,超強結合と超放射相転移について解説する.

電子相関が生み出す超伝導の姿

今田 正俊 先生 (豊田理化学研究所 / 早稲田大学 理工総研)

電子相関が主因となっていると多くの人が考えている超伝導の中で、 転移温度が高い銅酸化物と鉄系の超伝導体を取り上げ、これらの背後に横たわる 物性物理の根本問題を考える。

特に銅酸化物は発見後 30 年を経ながら、その全貌を捉え切れたとは言えない 奥深さが明らかになってきている。 現実物質に即した任意パラメタを含まない第一原理的な有効ハミルトニアンが 2 種の代表的な銅酸化物に対して最近導出された。 この有効ハミルトニアンを高精度の量子シミュレーションを用いて解くことにより得られた 母物質のモット絶縁体相や、キャリアドープされたときの d 波超伝導と電荷不均一相の激しい競合 が 実験結果を定量的に再現することが明らかとなった。

また鉄系超伝導体に対して導かれた第一原理的な有効ハミルトニアンを解いた結果も 実験結果に見られる電荷不均一と競合する超伝導の姿を再現している。 これらの第一原理的で定量的な裏づけの上に立って、この超伝導の機構に電荷不均一へのゆら ぎが 深くかかわっていることが示され、電子相関が生む超伝導の普遍的な姿も明らかとなった。

一方、銅酸化物の角度分解光電子分光の実験データの機械学習に基づく解析と、 理論的に求められたスペクトル関数の考察から、 超伝導が暗黒フェルミオンと呼ぶ隠れた粒子と実験で観測できる電子との絡み合いによって引き 起こされていることも 明らかとなった。物理学の普遍的な理論の中でのこの機構の意味を考察する。

さらに、得られた知見をもとにレーザーで励起した非平衡状態で超伝導が増幅される機構や、超 伝導が界面でバルク状態より 優れた特性を示す原因についても議論する。

トポロジカル物質入門

村上 修一 先生 (東京工業大学大学院 理学院)

トポロジカル絶縁体、トポロジカル金属などのトポロジカル物質が理論・実験両面で注目を集めて いる。近年の研究により、結晶のバンド構造がトポロジーによって分類され、上記のような物質にお いてはバンド構造が非自明な構造を持っていることが明らかになっている。これはちょうど、トポロジ ーによってドーナツとボールとが、穴の数によって区別されることと類似しているが、トポロジカル物 質においては波数空間でのトポロジーを問題にするため、直感的な理解はそれほど単純ではない。 本講義ではこうしたトポロジカル物質に関して、初学者向けに解説を行う。

こうしたトポロジカル物質にはさまざまなクラスがあり、ある種のクラスのトポロジカル物質では、物 質のバンド構造の非自明なトポロジーに起因して、特異なエッジ状態・表面状態が現れることが知 られていて、そのエッジ状態・表面状態の出現の裏にはトポロジーに基づく美しい理論体系がある。 さらに重要なことにはこうした理論に基づく表面状態が、単に理論だけにとどまらず実際の様々な 物質で観測されることであり、しかもそのような表面状態は、非トポロジカル物質では実現されない 特異な表面状態である。講義では、こうした事柄について、理論体系から実際の物質、実験に至る まで概論を説明する。

アリの行動観測とその統計解析

白石 允梓 先生 (広島大学大学院 統合生命科学研究科)

生物の多くは集団で生きているが,アリやハチは集団を構成する個体が明確に役割を担って集団 全体の機能を高めることができる。個体が様々な役割を持ち一つの社会として機能している状態を 社会性といい,アリやハチは社会性昆虫,その集団は特にコロニーと呼ばれる。アリやハチが持つ 大きな特徴は,中央指示系統なしで各個体が局所的情報を元に他個体と自律協調して役割を認 識し行動ができるところにある。一匹のアリのひ弱さに対して,アリの行列といわれる集団採餌行動 やアリの巣の構築などを思い浮かべれば,自律協調してコロニーとして働くことの重要性はすぐに 理解されるであろう。

一匹ではできない様々な活動をコロニーができるのはなぜか。その研究は近年の技術発展に伴い 行動観測の定量的研究は大きく進んでいる。本講演ではアリやハチに代表される社会性昆虫の研 究への導入として、これまでの実験研究とその理論研究を紹介する。そして我々の小型 RFID チ ップを用いたアリコロニーの観測実験と統計解析について紹介する。この研究では、複雑な個体間 相互作用が起こるアリコロニーで生活するアリに一匹ずつチップをつけることで、定量的に一匹毎 の時系列データを得ることができる。その統計的・物理的な解析がいかに行われるかを紹介したい。

量子測定理論の進歩と不確定性原理

小澤 正直 先生 (名古屋大学大学院 情報学研究科)

初期の量子測定理論では、正確な測定の条件として確率分布が正しく再現されるだけではなく、測定直後の状態が測定値の固有状態に変化することが要請された。後者を反復可能性仮説と呼ぶ。ハイゼンベルクはそのような測定概念のもとで有名な不確定性原理を導いたが、その結果、測定誤差とゆらぎという本来異なる二つの概念の混同が生まれた。1980年代における重力波の検出限界を巡る論争をとおして、そのような不確定性原理の不備が明らかになった。それを契機に、完全に一般的な量子測定に関する理論が生まれ、普遍的に成立する測定誤差と擾乱に関する不確定性関係が明らかにされた。本集中ゼミでは、量子測定理論の進歩を辿り、測定誤差と擾乱の概念を吟味し、不確定性原理の新しい理解について解説する。とりわけ、従来の量子力学では軽視されてきた概念として量子完全相関の概念を解説し、与えられた状態で与えられた物理量が正しく測定されるための条件を明らかにする。それに基づいて、ガウスの2乗平均平方根誤差を量子測定に拡張する問題に関する最新の研究を紹介する。

In the early days quantum measurement theory, not only the probabilitydistribution is accurately reproduced as the condition of accuratemeasurement, it was also required that the state immediately after themeasurement be changed to be the eigen state corresponding to the measuredvalue. The latter is called the repeatability hypothesis. Heisenberg derivedthe well-known uncertainty principle under such a measurement concept, butas a result, confusion between two essentially different concepts ofmeasurement error and fluctuation was born. Throughthe controversy over thedetection limit of the gravitational waves in the 1980's, the deficienciesof such uncertainty principle became clear. With this, the theory aboutperfectly general quantum measurement was born, and the universally validuncertainty relation concerning the measurement error and the disturbancewas clarified.? In this concentrated seminar, we will review the progress ofquantum measurement theory, examine the concepts of measurement error anddisturbance and explain new understanding of the uncertainty principle. Inparticular, we explain the concept of quantum perfect correlation as aconcept that has been neglected in conventional quantum mechanics, andclarify the conditions for correctly measuring given physical quantities ina given state. Based on that, we introduce the latest research on theproblem of extending the root-mean-square error of Gauss to quantummeasurement.