第63回
物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
Catch the Wave!
2018年7月24日–28日 於 西浦温泉 龍城

アブストラクト一覧 (集中ゼミ2)

マグマのレオロジーと噴火のダイナミクス

市原 美恵 先生 (東京大学地震研究所)

 火山噴火と言えば、真っ赤な溶岩流や火山灰を含む黒い噴煙を想像されるだろう。溶岩や火山灰は、地下では高温で流動性に富み、マグマと呼ばれる。マグマは、液体のシリケイトメルトと鉱物結晶、気泡からなる混合物で、歪速度や応力にも依存する複雑な流動特性を示す。これが地表に噴出する過程では、流動と破壊の混在する変形を受け、溶岩流として流出したり、破砕され火山灰として噴出したりする。このような現象を理解するためには、マグマのレオロジーを物性として調べるだけでなく、流体と固体の挙動を連続的に扱う力学の枠組みが必要である。本ゼミでは、実験・理論・野外調査による研究紹介を交え、マグマの流動と破壊の問題を議論したい。

原子層物質を用いた二次元超伝導研究の新展開

内橋 隆 先生 (NIMS MANA表面量子相物質グループ)

 二次元超伝導の研究には長い歴史があり、2016年のノーベル物理学賞の対象となったベレジンスキー・コスタリッツ・サウレス (BKT) 転移や、普遍的な量子化伝導度を臨界値とする超伝導-絶縁体転移は、二次元超伝導体において観測される現象である。しかしこれまで実験の対象となってきた試料は、技術的な制限から、アモルファスなどの結晶性の悪い系のみであった。ところが、近年のナノテクノロジーと原子層物質研究の急速な発展によって、原子レベルの厚さと高い結晶性を同時に有する、理想的な二次元超伝導体を実験に用いることが可能になってきた。本ゼミでは、このような新しい物質系を用いた二次元超伝導研究の新展開について概観する。物質系としては、すでにさまざまなものが登場しており、半導体表面上の金属原子層から、酸化物ヘテロ界面、ユニットセル厚さの酸化物超伝導体および鉄系超伝導体、グラフェン、単層遷移金属カルゴゲナイドなど多様である。これらの二次元超伝導体は、原子層厚さしかないことから、外場やヘテロ構造の作製によって超伝導特性の制御が可能となる。この中には、対応するバルク物質の転移温度を遙かに超えるものも見つかっている。また空間反転対称性が破れ、ラシュバ型またはゼーマン型スピン軌道相互作用が超伝導特性に大きな影響を及ぼすなどの特徴があらわれる。さらに、物質表面が舞台になることから、トポロジカル物質との関連も深い。本ゼミでは、これまでの代表的な実験を紹介しつつ、原子層二次元超伝導体で現れる現象の本質について考察する。

軌道の物理のための電子密度解析入門

澤 博 先生 (名古屋大学大学院工学研究科)

 超伝導や巨大応答などエキゾチックな物性を示す物質群では、様々な相互作用や電子相関のエネルギーが拮抗し、多彩な電子物性を示す。現在では、第一原理計算の存在は極めて重要ではあるものの、その物性を計算によって全て予測することは未だ困難である。多くの実験結果を統合するためにも、その舞台である結晶中の電子密度、とりわけ価電子密度の解析は重要である。

 我々は、良質な単結晶試料と大型放射光施設SPring-8で得られる高輝度・高分解能なX線回折データを用いて、結晶中の価電子密度分布を観測した。原子の持つ内殻の電子分布を差し引いた価電子情報だけを抽出するこの手法を、コア差フーリエ合成 (CDFS; Core Differential Fourier Synthesis) 法と名付けた。

 このような新しい手法を提案するためには、多角的に調べられた標準的な物質の電子状態が説明可能かという検証が必要不可欠である。そこで、まず典型的な擬1次元性分子性結晶 (TMTTF)2PF6を選びこの手法の適用を試みた。この系の最初の報告は1978年だったが、誘電率測定によって示唆された電荷秩序相の電荷の偏在は直接証拠を捉えられず “structure-less transition” と呼ばれ、40年間以上のミステリーであった。我々は、CDFS法によりTMTTF分子のフロンティア軌道の電子雲を捉えて電荷秩序の詳細を解明した[PRL 119, 065701 (2017)]。CDFS法は分子性結晶だけでなく、遷移金属酸化物など多彩な物質群に適用可能である。講演ではその原理と、測定に必要な条件、実験及び解析方法などについて紹介する。

中性子散乱による磁性・強相関電子系の研究

左右田 稔 先生 (理化学研究所創発物性科学研究センター)

 中性子散乱は、物質の微視的構造やダイナミクスを測定するのにとても有効な実験手法である。中性子はスピンを持つため、結晶構造・フォノンだけでなく、磁気構造・マグノンに関する情報も容易に測定でき、磁気的相互作用を含めたスピンハミルトニアンの導出が可能である。中性子散乱実験を行うことができる加速器・研究用原子炉施設は世界中にあり、研究目的によって様々な装置が存在する。中性子散乱を行うことができる施設、三軸分光器やチョッパー分光器等のいくつかの中性子散乱装置を紹介するとともに、実際の固体物理分野での研究例を紹介する。

モンテカルロ法の基礎と応用 計算物理学からデータ駆動科学へ

福島 孝治 先生 (東京大学大学院総合文化研究科)

 1953年にMetropolisらによって平衡統計力学におけるカノニカル平均の数値計算方法としてモンテカルロ (MC) 法は提案された。この方法はマルコフ連鎖の性質を利用することから、一般の確率分布からのサンプリング方法とみなすことができ、その後、物理学の様々な問題に応用されるようになる。特に相転移の研究では、モデルに含まれるミクロな自由度を直接サンプリングする非摂動論的な方法として、相転移描像の解明に役立てられてきた。

 1980年代になるとベイズ統計の実践的な計算方法としての利用が見出され、統計学でも方法の発展と応用が精力的に行われるようになった。最近では、このベイズ統計を用いて自然科学の実験・計測データ解析を行なう研究が注目されてきている。そこでは計測データを入力として、それを説明しうるモデルに含まれるパラメータがサンプリングの対象となる。このアプローチはデータ駆動科学と呼ばれ、理論と実験の中間の位置で仮説検証ループの潤滑油のような役割が期待されている。このゼミではマルコフ連鎖モンテカルロ法の基礎から初めて、相転移研究やデータ解析への応用例を示しながら、モンテカルロ法でできることやわかることを議論してみたい。

ネーター保存量としての熱力学エントロピー

横倉 祐貴 先生 (理化学研究所数理創造プログラム iTHEMS)

 エントロピーは物理学においてマクロとミクロの物理をつなぐ特別な役割を担っている。しかしその理解は平衡状態に限られており、系が時開発展する場合に対しては未だに明らかではない。だが、「断熱準静的操作の下でエントロピーは保存する」という過程は、断熱定理によってミクロな力学から理解されている。保存則と来たら、解析力学で習ったネーターの定理により、対称性を考えたくなる。興味深いことに、ブラックホールのエントロピーはホライズン上の時間の対称性に対するネーターチャージとして定式化することができる。となると、エントロピーの断熱不変性に対応する対称性は一体何だろうか?これが本講義の問題である。

 講義の前半ではこの問いを考える。まず、解析力学での対称性は軌道の汎関数である作用の不変性に対応していること、そして、エントロピーは断熱準静的過程でのみ保存することを思い出す。そこで、作用の定義域を「熱力学の準静的過程と整合的な軌道」に制限すると、時間の対称性 $t \rightarrow t + \epsilon \hbar \beta ( E(t), V(t) )$ が出現し、ネーター保存量としてエントロピーが導かれる。この結果は、ミクロなダイナミクスにうまく制限をかけることにより、マクロなダイナミクスに相当する “有効作用“ が現れているように見えないだろうか?講義の後半では、この可能性と得られた対称性の意味を調べ、このミクロとマクロのダイナミクスをつなぐ新しい見方の展望について議論したい。