第63回
物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
Catch the Wave!
2018年7月24日–28日 於 西浦温泉 龍城

アブストラクト一覧 (集中ゼミ1)

テンソルネットワークによる情報圧縮とフラストレート磁性体への応用

大久保 毅 先生 (東京大学大学院理学系研究科)

 物理における多体問題では、しばしば、構成要素数に対して自由度が指数関数的に増大し、人間の記憶ではもちろん、最新の計算機でさえ、その膨大な情報を蓄えることが困難になる。しかし、物理的に重要な多くの例では、状態の本質を捉えるために、その自由度全てが必要な訳ではなく、もし重要な情報を抽出できれば、情報を圧縮して状態を効率的に記述することができる。テンソルネットワークは、このような情報圧縮を行う記述法の一つであり、近年では、古典・量子多体問題を数値的に解析する手法として、応用が広がってきている。

 本集中ゼミの前半では、格子上で相互作用するスピン系を例に取りながら、このようなテンソルネットワークの基本的な考え方を紹介する。情報圧縮の主要な道具となる特異値分解を用いた低ランク近似について触れた後、特に、情報のエンタングルメントという観点から、テンソルネットワークによる情報圧縮が “上手くいく” 状況について理解を深めたい。

 後半では、量子多体系の波動関数を記述するテンソルネットワークの一つである、テンソル積状態 (TPS又は、PEPSと呼ばれる) に注目する。テンソルネットワークを用いて波動関数をコンパクトに表現することにより、非常に大きな系 (場合によっては無限系も!) が取り扱えるようになることを説明し、その計算アルゴリズムと2次元のフラストレート量子スピン系研究への応用例を紹介すると共に、今後の展望についても語りたい。

強相関電子系における軌道/電荷自由度と新奇物性

勝藤 拓郎 先生 (早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科)

 遷移金属酸化物に代表される強相関電子系においては、電子間のクーロン相互作用によりd電子がしばしば局在する (しない場合もある)。ここで局在したd電子が持つ自由度について考えると、電子のスピン自由度以外に、d軌道のエネルギー縮退に由来する軌道自由度がある。局在電子にとって、この軌道自由度はスピン自由度とほぼ同等な存在であり、サイト間の移動積分の二次摂動に由来する相互作用 (スピンの場合は磁気的相互作用、軌道の場合はクーゲル–コムスキー相互作用) を持ち、結果として低温では自由度が秩序化する (スピンの場合は磁気秩序、軌道の場合は軌道秩序)。また、軌道自由度とスピン自由度の結合によって、より多彩な物性が発現し得る。さらに、サイトあたりのd電子の数が整数でないとき (電荷の自由度があるとき) d電子は遍歴し得るが、この場合も軌道自由度は物性に重要な役割を果たす。

 ゼミでは、軌道自由度の基本的な物理を解説したのちに、実際の物質において軌道/電荷自由度がもたらす多彩な秩序状態、新奇な振舞について紹介したい。

トポロジカルなバンド構造と物性物理

越野 幹人 先生 (大阪大学大学院理学研究科)

 近年、物質科学においてトポロジーの役割が非常に重要になっている。トポロジーとは、「コーヒカップとドーナツが同一視される」という例でよく知られる数学の一分野である。物質の物理学とはおよそかけ離れた抽象的な世界のようにも思えるが、実は物質の量子的状態を記述するのにトポロジーの概念が本質的な役割を果たすことがわかってきた。非自明なトポロジー構造をもつ最も単純な物質の一つが、炭素の2次元物質であるグラフェンである。グラフェンにおける電子は「質量の無いディラック電子」と形容され、伝導帯と価電子帯が点で接する特殊なバンド構造を持つ。バンド接点は摂動に対して安定であり、その安定性はBerry接続とよばれるベクトル場の巻つき数(一種のトポロジカル量)によって理解される。エッジ状態とよばれる特殊な電子状態や、磁場中での異常な物性やなど、さまざまな特徴的な物性がバンド接点の存在と密接に関係する。またグラフェンの3次元への拡張とも言えるのがワイル半金属であり、こちらのバンド接点はベクトル場の湧き出しまたは吸い込みとして理解される。この集中ゼミではグラフェンやワイル半金属を例にとって、トポロジカルなバンド構造とは一体どういうものなのかを、量子力学の基礎的な知識を用いて解き明かす。

ゆらぐ系の熱力学から熱機関の法則へ:パワーと効率の普遍的関係

白石 直人 先生 (慶應義塾大学理工学部)

 熱機関の効率は、カルノー以来熱力学においてもっとも重要な量の一つである。しかし熱機関を特徴づける量はこれだけではなく、パワー (仕事率) も重要な量である。熱機関を特徴づける量として効率とパワーがあるのならば、では両者の関係はどのようになっているのか、と問うのは極めて自然であろう。ところが、この問いに一般的な形で答えることは非常に難しく、「有限パワーの熱機関がカルノー効率に達成することはありうるか」という、一見するとほとんど答えは明らかに見えるような問題さえ、長らく未解決問題として残されていた。熱力学や線形非平衡熱力学といった確立した一般的枠組では、「有限パワーとカルノー効率の共存」を否定できないのである。

 これに対し、近年非平衡統計力学の分野で発達した「ゆらぐ系の熱力学」の手法を用いると、熱機関の効率とパワーの間に一般的なトレードオフ不等式を導けることが最近明らかになった。ゆらぐ系の熱力学は、熱ゆらぎの無視できない小さな系に対して熱力学を拡張した枠組であり、熱力学第二法則などの既知の関係のみならず、ゆらぎの定理などの高次ゆらぎの新しい関係式などが得られている。本講義では、まずゆらぐ系の熱力学の基礎的な結果を簡単に解説し、その上でこの枠組をマクロな熱機関に適用することで効率とパワーの間の関係がどのように導出されるのかを議論したい。なお講義は板書形式で進める予定である。

テラヘルツ波で探る非平衡超伝導ダイナミクス

松永 隆佑 先生 (東京大学物性研究所)

 低温で突然ゼロ抵抗が現れる超伝導は、量子力学が巨視的に現れる最も興味深い物理現象の一つである。基底状態の性質だけでなく、非平衡下の振る舞いも興味深い。例えばレーザー光で励起すると、容易に超伝導は消失して通常の金属へ変化する。これは光で加熱されたような状況を想像すれば理解しやすい。では超伝導体を電子レンジに入れてマイクロ波を照射するとどうなるだろうか。この場合、条件次第では逆に超伝導が増強することが知られている。これらの違いは、超伝導ギャップエネルギーに対して入射するフォトンエネルギーが非常に大きいまたは小さいために生じる。では超伝導ギャップと同程度のフォトンエネルギーで摂動を与えたら何が起こるだろうか。これを詳しく調べる実験は近年のテラヘルツ技術の発達によってようやく実現し、その結果、超伝導秩序パラメーターが振動する現象が観測された。この集団励起モードは素粒子物理におけるヒッグス粒子と高い類似性を持つことが知られており、また光による巨視的量子状態の制御、超伝導非線形光学といった観点でも注目されている。

 本集中ゼミでは、超伝導のBCS理論、相転移における「対称性の自発的な破れ」、それに付随して現れる普遍的な集団励起の存在とヒッグス機構、そして超伝導でその集団励起の観測を可能にしたテラヘルツ分光技術について、基礎から最先端の研究まで包括的に解説する。余裕があれば非平衡下の銅酸化物において最近議論されている光誘起超伝導の研究についても触れたい。

結晶成長の理論的研究と地球惑星科学への応用

三浦 均 先生 (名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科)

 地球上の岩石や宇宙からやってくる隕石には、様々な結晶質物質が含まれています。一方で、惑星の原材料である星間固体物質は、ほぼすべてが非晶質であると考えられています。このことは、惑星が形成される過程において、結晶でなかった固体物質が結晶化したことを意味しています。これらの固体物質がどのような条件で結晶化したのかが分かれば、地球深部や、46億年昔の初期太陽系の環境を推測することができるかも知れません。

私は、結晶の形やサイズ、化学組成などの特徴から、その結晶が形成した環境を推測する研究に取り組んでいます。例えば、雪の結晶には、平板状、角柱状、樹枝状など様々な形がありますが、これは雪の結晶が成長する際の大気の温度と水蒸気量によって決まることが知られています。つまり、原理的には、地上に降ってくる雪の結晶の形を見れば、それが作られた上層大気の状態を推測することができるということです。

与えられた条件において結晶がどのように成長するのか。この関係を理解するための学問が結晶成長学です。結晶成長とはすなわち相転移なので、熱力学や統計力学が考え方の基本になります。ですが、原子や分子は結晶のどこに取り込まれるのか、その取り込み効率はどう決まるのか、不純物は結晶成長にどのような影響を及ぼすのかなど、結晶成長を理解するには様々な要素を考慮する必要があります。

 本集中ゼミでは、結晶成長の基本的な考え方を紹介し、結晶成長学の理論的な研究、及び、それの地球惑星科学への応用について紹介します。