第63回
物性若手夏の学校
Condensed Matter Physics Summer School
Catch the Wave!
2018年7月24日–28日 於 西浦温泉 龍城

アブストラクト一覧 (講義)

生きていることの物理的状態論

金子 邦彦 先生 (東京大学大学院総合文化研究科)

 シュレーディンガーは、70年ほど前、「生命とは何か」という著書で、情報を担う分子の性質を予言しました。これは分子生物学の興隆への大きな一石となり、以降、生物内の個々の分子の性質は調べ挙げられてきました。しかし、それら分子の集まった「生きている状態とは何か」の答えには未だ至っていません。そこで最初の問いを「生命一般に成り立つ普遍的性質は何か、それをどう理解するか」と言い換えてみましょう。この問いに答えるために物理は有効でしょうか。

 かつて熱力学は平衡状態という規定のもとでシステムの普遍的性質をとらえることに成功しました。では、多様な成分を維持し、成長できるという「安定した、生きている状態」を規定して、それのみたすべき一般的な現象論を構築できないでしょうか。これまでに、要素 (分子や細胞) 1つ1つを探るのではなく、要素同士とシステム全体が安定した整合的関係をつくるという拘束に着目し、そのダイナミクスや統計法則を明らかにしてきました。普遍生物学では、こうした研究をふまえて、生物の基本的性質ー遺伝、代謝、発生、進化ーに潜む普遍法則を構成的実験と理論物理で解き明かそうとしています。その一端を紹介します。

基礎光物性と光デバイス物理

金光 義彦 先生 (京都大学化学研究所)

 光科学は最も進んだ学問の一つであり、絶えずサイエンスを牽引している。また半導体はトランジスタなどのエレクトロニクス材料であり、不純物や欠陥などのない非常に高純度な固体材料として基礎物理学、ナノサイエンスのための重要な舞台を提供する。光科学と半導体物理学の融合により、レーザー、発光ダイオード、太陽電池など生活に不可欠な製品が生み出されている。本講義では、半導体の基礎光学特性および量子ドットやナノワイヤーなどのナノ構造のユニークな光物性を紹介し、発光ダイオードや太陽電池などのフォトニクスデバイスの光物理について議論する。

密度行列繰り込み群の原理と応用

柴田 尚和 先生 (東北大学大学院理学研究科)

 密度行列繰り込み群の方法は、低次元多体系の基底状態や熱力学量等を精度良く求める計算法として利用されているが、その信頼性は多体系の波動関数や分配関数が最適化されることで保証されている。本講義の前半では、与えられた基底自由度の範囲内で最も正確に基底波動関数や熱力学量を得ることが可能であることを具体的な計算手順を追って解説し、変分法としての特徴が理解できる原理的な部分について説明を行う。また、高い精度を安定して得るための保存量子数の取り扱いについても触れ、実際に計算を行う際に役立つ工夫についても紹介したい。講義の後半では、密度行列繰り込み群の応用例として、

  1. 量子転送行列法と組み合わせて有限温度における熱力学量を求める方法
  2. 長距離相互作用を導入して量子2次元系の基底状態と素励起を求める方法
  3. 局所的エネルギースケールの変換により有限サイズ効果を抑制し、無限系の応答関数を精度良く求める方法

の3つを説明する。最後に、1、2次元フラストレート量子スピン系の多彩な基底状態や熱力学的性質、重い電子系の磁性の問題に絡む近藤効果や量子相転移、磁場中の2次元電子系で実現する分数量子ホール効果をはじめとする量子多体効果について密度行列繰り込み群によって明らかにされたことを概説し、残されている問題や課題についてコメントする。

フラストレート磁性体の物理

田畑 吉計 先生 (京都大学大学院工学研究科)

 本講義ではフラストレート磁性体を舞台にして発現する非自明な現象について、幾つかトピックスを絞りつつ解説を行う。

 フラストレーションとは、局所的な相互作用エネルギーを最も得する配置を系全体で同時に満足できない状況、平易な言葉で言い換えれば「あちらを立てればこちらが立たない状況」のことを言う。磁性体の場合、磁性を担う磁気モーメント間の相互作用が格子の幾何学や相互作用の長距離性などにより競合することでフラストレーションが生じる。フラストレーションがあると、系の最低エネルギー状態 (基底状態) が一意に決まらず巨視的縮退をもつようになり、温度を下げても強磁性や反強磁性といった当たり前の秩序状態をとらない。とは言え、高温での常磁性状態の様な当たり前の無秩序状態が生き残るのでもなく、様々な特異な状態が出現する。反強磁性的に結合したスピン一重項対が格子上を動く「スピン液体状態」、一見スピンはランダムなままでいる様に見えるもののスピン相関が冪的にしか減衰しない “準長距離秩序” と呼ぶべき「スピンアイス状態」、一見ではなく本当にスピンはランダムなまま凍結しているがスピンの空間的な配列からは全く想像できない “レプリカ対称性” の破れた秩序状態である「スピングラス状態」などである。これらフラストレート磁性体に特徴的な磁気状態、そこで発現する創発的な現象などについて、実際の物質でどのように観測されているかとともに解説する。

同期現象の数理

千葉 逸人 先生 (九州大学マス・フォア・インダストリ研究所)

 多数集まった同一の “モノ” たちが相互作用を及ぼし合うことによってその足並みを揃えてしまう現象を同期現象という。古くは壁に掛けた2つの振り子時計の同期が知られているが、今日ではホタルの集団発光、ニューロンの発火、心臓の拍動など、自然界の様々な場面で発見されている。同期現象を説明するための代表的な数理モデルとして蔵本モデルが知られている。講演では「相互作用の大きさがある閾値を超えると同期が起こる」という有名な蔵本予想、およびその証明法を紹介したい。

低次元ナノ物質の励起子光物性—基礎から応用まで

宮内 雄平 先生 (京都大学エネルギー理工学研究所)

 半導体型単層カーボンナノチューブや単層遷移金属ダイカルコゲナイドなどの原子数個程度の細さ・薄さを有する低次元ナノ物質では、極限的な強い量子閉じ込めと弱い遮蔽により、一般的な化合物半導体と比べ1桁程度以上キャリア間のクーロン相互作用が大きい。そのため、光物性は、低温から室温を上回る高温にいたるまで大きな結合エネルギーをもつ励起子(電子と正孔の相互束縛状態)に支配されており、これらの物質系固有の対称性と相まって興味深い光機能性の発現に繋がっている。講義では、これらの物質群の励起子光物性を中心的題材として基礎から解説する。バイオイメージングやバレートロニクスなどの先端光応用の話題についても触れる。

パリティ対称性の破れと磁性・多極子・超伝導

柳瀬 陽一 先生 (京都大学大学院理学研究科)

 近年の物性物理学では、様々なシーンにおいて空間反転対称性 (パリティ対称性) が破れた量子相の特異性に出会うことがある。その研究分野はトポロジカル絶縁体・超伝導体、スピントロニクス、マルチフェロイクス、カイラル磁性、多極子秩序、エキゾチック超伝導など多岐に渡るが、残念なことに細分化されてもいる。講義においては、空間反転対称性が欠如した系におけるスピン軌道相互作用の基礎的事項を導入し、これらの研究分野を俯瞰することを試みる。また、空間反転対称性が欠如した量子相の具体例である、(1) 奇パリティ磁気・多極子秩序、(2) トポロジカル超伝導について解説する。