蔵本由紀先生 (ATR)

僕たちのまわりの殆どの自然-季節の変化から様々な生命現象まで-は、動的な「非平衡現象」です。これらの多くは皆、固有の時間的・空間的サイクルを持ち、複数の「リズムの結合」は、自然の複雑さ・美しさの要因の一つと考えられています。
しかし、各々のリズムを生む振動子(リミットサイクル)集団の非線形微分方程式は、 とても扱いが難しい。そこでどうするか? 実は、ある一般的な数学的処方箋により解釈可能となるのです!このような手法は、個々の物質を掘り下げる従来の物性物理学に対して、一見全く異なる現象を大局的に捉えてまとめ直す意味でもとても魅力的です。
蔵本先生は、このとても普遍的なテーマの草分け的存在で、多くの優れた仕事をされてきました。 非平衡や非線形の理論的研究は、ともすると計算機のみに頼りがちですが、講義で紹介される普遍的な数理的アプローチを通して、そこに流れる根本的な考え方にも触れてはみませんか? (世話人:小川)

リズム現象の数理――縮約理論によるアプローチ――

非平衡散逸系が自発的に生み出すリズムは、軌道の漸近安定性をもつリミットサイクル振動子によって記述される。単一のリミットサイクル振動子はそれ自身すでに解析 的記述が一般に不可能な非線形システムである。したがって、リミットサイクル振動子の集団やネットワークの挙動を明らかにすることは途方もなく困難な数学的問題と 考えられ、ごく近年までその研究はほとんどお手あげの状態だった。しかし、縮約理論を突破口として長い不毛の時代は終焉し、今や活気に満ちた新しい時代に入ってい る。他方、生命科学の飛躍的進歩とともに次々に明らかにされる新事実によって、生命過程におけるリズム間の同期・非同期という現象の重要性はますます疑いようのな いものとなってきた。そして、文字通りの生き物のみならず、あたかも生けるがごとく躍動する多くの自然現象においても、リズムと同期の機構がその根底にあることが 広く認められつつある。

 この講義では、リズム現象の理論的基礎である二大縮約法、すなわち中心多様体縮約法と位相縮約法についてまず概観する。次いで2振動子間の結合様式の基本タイプ について述べ、振動子集合体のダイナミクスの考察へと進む。結合距離の変化によって振動場はさまざまな様相を見せ、またランダムネスの導入は思いがけない効果をも たらす。このように、振動子集団の挙動は状況に応じてきわめて多彩である。講義ではさまざまな具体例を織り交ぜながら、結合振動子系の多彩な挙動を理解する上で縮 約理論がどのように有効に用いられるかをわかりやすく述べたい。


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