• 集中ゼミ2アブストラクト



1. 超短光パルスの測定法 ―基礎から最先端の研究まで―
藤 貴夫 先生(分子科学研究所)


 チタンサファイアレーザーにおけるカーレンズモード同期現象が発見されてから、フェムト秒パルスの発生が容易となり、レーザーの専門家でなくても、フェムト秒パルスを使用できるようになった。現在では、科学の広い分野だけでなく、産業界においても、微細加工などにフェムト秒パルスレーザーが応用されるようになってきた。物性科学研究においても、フェムト秒パルスを使用することが多い。特に、光物性の分野において、超高速現象を調べるときに、必須のレーザーとなっている。
 一方、使用するフェムト秒パルスを評価するためには、パルス幅の計測が必要であるが、電気回路の速度では、フェムト秒に追従できないため、測定に工夫が必要である。もっともよく用いられている手法は、パルス強度の自己相関測定であるが、そのような測定では、フェムト秒パルスの姿を十分に把握できるとは言えない。フェムト秒パルスの評価を十分行っていないことが、超高速現象の測定において、深刻な問題を引き起こすことも考えられる。
 これまで、超短光パルスの姿をできるだけ正確に評価することを目的として、様々な測定法が開発されてきた。フェムト秒パルスが広い分野で普及している現在においても、超短光パルスを計測する新しい手法の開発は進められている。本講義では、超短光パルスを計測する手法について、基本的なところから最先端の研究まで、詳細に解説する。超短光パルス計測法の最先端の研究の紹介としては、講演者自らが開発した、超短光パルスの電場波形を計測する手法について、詳しく解説する。

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2.「モノとヒト 多様性」~強相関系有機導体 化学と物理から~
森 初果 先生(東京大学物性研究所)


 有機分子がボトムアップで集積した有機結晶は、強相関 π 電子系の舞台として、d 電子系の遷移金属酸化物や f 電子系の重い電子系の無機物質と並び、精力的な研究がなされている。有機結晶において特徴的なことは、電荷、スピン、軌道、格子の自由度に加え、格子点にある有機分子自身が内部自由度、つまり多様な「分子䛾自由度」をもっており、設計、制御できる点にある。
 例えは、分子を少しずつ小さくすることにより格子圧がかかり、柔らかい有機導体の電子系は、小さな圧力変化により、モット絶縁相/電荷秩序絶縁相→超伝導相→金属相と系統的に、しかし劇的に変化する。さらに有機導体の分子の配列は基本的に二等辺三角形の格子をとっているが、この配列を正三角系に変化させるとスピンフラストレーション効果が効き、スピン秩序相は消えて量子的な「スピン液体状態」となる。最近、そのような舞台でプロトンの量子揺らぎを協奏させると、電子系と連動した「新奇量子液体相」が創出されたことが明らかとなった。また、スピンばかりでなく電荷フラストレーション効果による「電荷ガラス」など、有機導体研究も新たな展開を遂げている。このゼミでは、有機導体の基礎から最新トピックスまで、研究の発展を紹介したい。
 また、このような有機導体における多様な研究は、異質な価値観を持つ化学者と物理学者間の長年の戦い!?による共同作業で生み出された産物である。質的に異なるヒトが集まり、多様性を持つ集団となった時の強さ、楽しさ、未来についても言及したい。

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3. 放射光回折でみる結晶構造のダイナミクス
森吉千佳子 先生 (広島大学理学研究科)


「固体物理研究に結晶構造の情報は欠かせない!」という意見に異論のある人は少ないと思います。電 子が主役になることが多い分野ではありますが、結晶構造の情報無しに物性を語ることはできません(よ ね)。
X線回折による結晶構造解析はポピュラーなので、みなさんも経験があるかもしれません。近年、大型放 射光施設の発展や装置の開発、コンピュータの高速化や解析技術の向上が急速に進んだことから、放 射光X線回折を用いた超精密結晶構造解析が身近なものになりつつあります。結晶中の原子の位置 や熱振動の様子はもちろん、電子の空間分布や静電ポテンシャル分布、波動関数までもが議論できるよ うになってきたのです。
我々の研究グループでは、このような「静的な」精密構造解析による物性研究を推進するとともに、放射 光の高輝度性とパルス性とを活用して、時々刻々変化する結晶構造の瞬間を解明する「動的な」構造 解析の手法の確立を目指しています。さらに、この手法により誘電体結晶の電場印加構造ダイナミクスの 研究を行っています。
結晶構造解析の魅力は、なんといっても、原子や電子の振る舞いを実空間で理解できることです。集中 ゼミでは、構造解析の基礎知識をお話しした後、圧電体の結晶構造の電場応答を例に最近の結晶構 造のダイナミクス研究についてご紹介します。

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4. 走査トンネル分光イメージングによる物質科学
幸坂 祐生 先生 (理化学研究所創発物性科学研究センター)


金属探針と測定試料の間に小さな電圧(~1V 程度)をかけて、探針を試料表面の極 近く(~1nm)まで近づける。すると、探針と試料は接触していないにも関わらず、 両者の間には電流(~10pA)が流れる。この電流は、探針試料間のポテンシャル障 壁を、トンネル効果のために電子が通り抜けることで生じるトンネル電流であ る。このトンネル電流を測定することで試料に関する情報を得るのが走査トン ネル顕微鏡(STM)である。
STM には大きな 2 つの特徴がある。1 つは顕微鏡として、高い空間分解能 (~10pm)を有することである。トンネル電流を一定に保ちつつ探針を走査するこ とで、試料表面の原子配列を解像することができる。もう 1 つの特徴は分光測 定である。探針試料間の電圧を変化させて、試料の状態密度を高いエネルギー分 解能(~10μV)で測定できる。この 2 つの特徴を組み合わせると、電子状態の空間 分布を原子分解能で可視化する測定(「走査トンネル分光イメージング」)が可能 となる。例えば、電子波が不純物により散乱されて発生する干渉縞を直接観察す ることができ、そこから電子の波動関数に関する様々な情報を引き出すことが できる。
本ゼミでは、走査トンネル分光イメージングの基礎を量子力学の初歩から出発 して学ぶ。さらに、高解像度測定を実現する装置について触れつつ、高温超伝導 体やトポロジカル絶縁体など最新の研究事例を紹介する。

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5. ネットワーク上の情報熱力学と生体シグナル伝達への応用
伊藤 創祐 先生 (北海道大学電子科学研究所附属社会創造数学研究センター)


情報処理は生体現象の維持のために欠かせない要素である.
生体の情報処理の中でも特にシグナル伝達と呼ばれる情報処理の仕組みは, ゆらぎが無視でき ない細胞スケールの化学反応によって構成されており, シグナル伝達による情報伝達を考える際には, ゆらぐ系での熱力学的なコストという視点が重要 になってきうる.
一方で近年急速に発展している研究分野に, ゆらぎの熱力学(stochastic thermodynamics)とい う分野がある.
細胞スケールのような古典的な小さい系において, Langevin 方程式などの確率過程を元に熱力 学を議論するものであり, 特に最近では, Maxwell のデーモンの問題を一般化して情報理論と熱力学の関係を議論する「情 報熱力学」が発展している.
我々は生体の情報処理への応用を一つの目標にし, この情報熱力学の理論を発展させてきた. 特に, 複雑な確率過程を記述可能なベイジアンネットワークという概念を活用し, ゆらぎの熱力学 の適用範囲を広げることに成功した.
その結果として, シグナル伝達中の化学反応の熱力学と, 受容体などの生体センサーが感じる 「情報」の関係を定量的に議論できるようになった.
本集中ゼミでは近年の情報熱力学の発展とその生体応用を, ゆらぎの熱力学の基礎的なところ から出発してできる限り解説したい.  

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6. ベーテ仮説入門
佐藤 純 先生 (東京大学先端科学技術研究センター )


ベーテ仮説とは,一次元量子系のエネルギー固有値および固有ベクトルを厳密に求める手法であ る.本集中講義では,ベーテ仮説の基礎を黒板を使って途中計算の詳細まで略さず解説する.
前半では,ハイゼンベルク XXZ 鎖を例にとって,座標ベーテ仮説によるエネルギー固有値およ び固有ベクトルの厳密な構成法を,詳しく解説する.その際,ベーテ波動関数と呼ばれる平面波の 重ね合わせによる波動関数を仮に設け,それが固有状態になるための条件としてベーテ方程式が出 てくることを議論する.
後半では,6 頂点模型と呼ばれる古典統計力学模型の分配関数を,転送行列法によって厳密に計 算する.その際,転送行列たちが同時対角化可能になるための条件として,ヤン・バクスター関係 式が現れることを示す.ヤン・バクスター関係式が成り立つとき,転送行列は代数的ベーテ仮説法 を用いて厳密に対角化される.その際,代数的ベーテ仮説法により構成されたベクトルが,転送行 列の固有ベクトルになるための条件としてベーテ方程式が出てくることを示し,これが前半に議論 した XXZ 鎖における座標ベーテ仮説のベーテ方程式と一致することを見る.この事実により,一 次元量子系と二次元古典系の等価性について議論する.

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