• 集中ゼミ1アブストラクト



1. 電磁メタマテリアルの基礎とテラヘルツ領域での応用紹介
宮丸 文章 先生(信州大学)


 メタマテリアルとは広義な意味で,自然界に存在しない材料または,自然界に存在する材料を超えた材料を指します.それらの中で,特に材料の電磁気的な応答に着目したものを電磁メタマテリアルと呼び,他の音響メタマテリアルや力学的なメタマテリアルと区別します.本講演では,電磁メタマテリアルについて紹介します.
 まずメタマテリアルの基本的な概念を説明し,電磁メタマテリアルとしてどのようなものが主に研究されているかを紹介します.ほとんどの電磁メタマテリアルは,対象となる波長よりも小さい人工的な構造物を無数に集積することに よって作製されていて,幾つかの構造について基本的な電磁気特性とその用途を説明します.メタマテリアル研究では,多種多様な構造体が用いられていますが,それらの構造の基本的な概念を理解することで,メタマテリアル設計の指針が得られるものと考えています。
 後半では,メタマテリアルを用いた幾つかの光学素子開発に関する例を紹介します.本講演では,特にテラヘルツ領域に着目し,結合共振器系や自己補対系の構造を用いたメタマテリアルによって,テラヘルツ波の振幅や偏光,位相,群速度などを制御する光学素子の作製事例を紹介します。

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2. スピン流・熱流相互変換とスピントロニクスの展望
内田 健一 先生(物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点スピンエネルギーグループ)


 スピントロニクスは,電子のスピン自由度を積極的に利用することで,新しい物理原理や応用技術の創出を目指す研究分野である.従来のエレクトロニクスが電流の制御に基づいて体系化されたように,スピントロニクスの発展にはスピン角運動量の流れ「スピン流」の生成・検出・制御技術の拡充が必須であり,世界的規模で新しいスピン流物性の開拓が行われている.
 近年,強磁性体と常磁性体の接合系において,スピン流に付随する様々な物理現象が発見・開拓されている.その例として,熱流によるスピン流生成現象「スピンゼーベック効果」が挙げられる.通常の熱電効果は導電体でのみ生じる現象であるが, 2010 年にはスピンゼーベック効果が磁性絶縁体においても発現することが明らかになった.我々はこれまで,スピンゼーベック効果の原理解明や,将来の熱電変換応用を目指した研究を進めてきた.
 一方で,スピン流-熱流変換の相反性から,スピンゼーベック効果の逆効果,すなわちスピン流から熱流が生成される現象も存在する.これは「スピンペルチェ効果」と呼ばれ, Flipse らによって 2014 年に発見された.しかし,その起源は解明されておらず,この一例を除いてスピンペルチェ効果に関する実験研究は報告されていなかった.最近我々は,動的熱画像計測技術をスピントロニクスに応用することで,スピンペルチェ効果によって誘起された温度変化の可視化を実現し,この現象を系統的に探索することが可能になった.
 本講演では,まずスピン流の概念やその生成・検出手法について概説する.その後,スピンゼーベック効果の研究背景や測定メカニズムについて紹介し,基礎・応用の両面に関して初期の研究から最先端の実験まで展望する.最後に,スピンペルチェ効果に関する最新の実験結果を紹介する.

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3. 共鳴X線散乱を用いた構造物性研究
中尾 裕則 先生 (KEK)


 物性研究の対象である物質は,原子により構成されています.また元素は,ご存知のように高々 100 を超える程しか存在しませんが,我々の身の回りには無限と言って良いほど数多くの物質が存在しています.これらの物質の性質つまり物性の違いは,どんな元素がどのように配列しているのかで決まっていると言えます.従って,元素の並びである構造を知ることが,物性を理解する上での基本的な情報です.このような構造を調べることから物性の起源を探る研究のことを「構造物性研究」と言われています.
 強相関電子系では,電子間の強い相互作用の結果として,電子の持つ自由度である電荷・軌道・スピンの状態が多様な振舞いを示し,多彩な電子相が出現します.さらに,これらの電子相はエネルギー的に競合しており,様々な外場(磁場・圧力・電場・光…)に対して敏感で,巨大な物性応答を示すことで,盛んに研究が行われています.このように強相関電子系では,単に元素の並びを調べるだけでなく,電荷・軌道・スピンという電子状態を解明することが,物性を理解する上で,極めて重要な研究となっています.一般に,回折・散乱実験を行うことで,構造を決定することが出来ますが,電子状態の微妙な変化を捉えることは難しいです.ここで紹介する「共鳴 X 線散乱」は,原子の吸収端を利用することで,電荷・軌道・スピンといった電子状態を敏感に捉えられる手法です.結果,本手法を用いて,強相関電子系の物性発現の鍵となる電子状態の解明が行われています.そこでゼミでは,共鳴 X 線散乱の簡単な原理,利用研究例を紹介する.また,将来の共鳴 X 線散乱の研究の可能性 についても議論する.

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4. スピンアイスとスピン液体~氷に隠れた無秩序と秩序~
宇田川 将文 先生 (学習院大学理学部物理学科)


 1982 年の分数量子ホール効果の発見はマクロな物質の状態に対する我々の理解を大きく変える契機となった.これまで物性物理学の主役であった「磁石」,「結晶」あるいは「超伝導」といった舞台と異なり,分数量子ホール状態では「自発的対称性の破れ」という概念を通じた理解が通用しない.また,分数量子ホール状態に電子を注入すると,それはひとりでに分裂し,e/3 や e/5 といった分数値の電荷をもつ粒子として振る舞う.しかも,その粒子は fermion でも boson でもなく,粒子の交換操作に対して中途半端な位相応答を示す anyon として振る舞うのだ.最近,分数量子ホール相と共通した性質をもつスピン液体状態の研究も大きく進展し,近い未来におけるその実現,実験的な検出が強く期待されている.
 このような奇妙な分数量子ホール状態,あるいはスピン液体の性質の一端が「氷」を通して理解できるとなれば驚くだろうか?氷は言うまでもなく,我々の最も身近に存在する物質の一つである.しかしながら,我々はその身近な氷の性質をどれ程理解しているだろう?熱力学第三法則は物理学の基礎法則の一つである.しかしながら,常圧の氷ではその基本法則が見かけ上,破れているようにすら見える.六回対称の雪の結晶形は誰もが目にしたことのある,自然の美しさの象徴であろう.しかし,その実,氷には温度や圧力に応じて実に 12 種類もの(凖)安定な結晶形態が存在する.氷はまた,金属とは程遠いバンド構造をもちながら,不思議なことに比較的良い伝導体である.そして,その電流は電子ではなく,氷結晶中の水素イオンが担うのだ.このような氷の特異な性質は Pauling や Onsager を始めとする,数多くの科学の巨人達を強く魅了して来た.
 この講義では,氷に良く似た性質をもつ奇妙な磁性体,スピンアイスを通じて,氷の奇妙な性質が,分数量子ホール状態やスピン液体を含むトポロジカル秩序相の理解にどのようにつながるかを紹介したい.ごく単純な理論模型の導入が物理現象に対する理解を一変させることがある.相転移,臨界現象においてイジング模型の果たした役割こそがその好例であろう.同様の意味で,スピンアイスはトポロジカル秩序相を理解するための「イジング模型」の役割を果たすのかもしれない.

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5. 界面駆動の流動と輸送:生命を捉える非平衡力学
前多裕介 先生(九州大学理学院研究科物理学部門)


かのヴォルフガング・パウリが「表面は悪魔が創った」と評するように、表面 の存在は物質の機能と性質を支配しうる。これは固体電子系に限らず液中を漂 う微粒子や分子にも通じる概念であり、とりわけ温度場や濃度場の勾配下の非 平衡輸送現象に密接に関わる。本ゼミでは、液中における分子輸送現象と界面 近傍での流れについて基礎を概説する。2種の輸送現象が競合するクロス効果 を例に、輸送現象の基礎理論と秩序形成の原理を示す。その理解は電磁気的な 性質によらない新たな分子操作を実現し、生命の起源に関わる謎にも解決の糸 口を与えることに触れたい。
また、上で述べた輸送現象は、既に勾配が与えられた場における受動的な現 象である。現実的な生命現象に目を向けると、一様な場においても自ら対称性 を破り、自律的な動作を取り出している。このような運動に触発され、界面駆 動の流れを自律的な運動に転換する自己駆動粒子の研究が発展している。具体 的な例は多岐にわたるために多くは触れないが、生命の自律性を捉える非平衡 力学として、その現状と展望について述べる。  

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6. ハミルトニアンの Localityを用いた非平衡量子系ダイナミクスに関する数学的な解析
桑原 知剛 先生 (東北大学)


大自由度の量子多体系の厳密な解析は、小さな系や可積分系などの限定された状況を除き一般的 には非常に困難な問題である。この問題に関して、近年 Locality という概念が完全に一般の量子 多体系の解析に有効であることが明らかになってきた。
Locality とは、ハミルトニアンに関する基本的な構造が本質的に局所的であるという制約のみを 用いて、系全体の性質にかかる制限を解析する方法である。「構造が本質的に局所的である」とは、 ハミルトニアンが少数体の相互作用 (多くの場合に2体) のみを含む、あるいは相互作用が短距離 までしか及ばない、などの制約を意味する。Locality を用いた解析の利点は、ハミルトニアンの基 礎的な制約のみを用いているため、系の詳細に依存しない普遍的な性質を得ることができる点にあ る。
このような解析は当初基底状態の解析に用いられていたが、研究の発展と共に非平衡物理系への 応用も活発に行われるようになってきた。
本講演では、これまでの研究でどのようなことが分かっているのかを紹介した上で、まず Locality の数学として最も重要な Lieb-Robinson bound の証明を与える。その後、時間周期系をはじめと した非平衡系に関する最近の発展について説明していく。

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